陸軍としては海軍の提案に以下略
皇紀2588年 9月17日 帝都東京
「残念ながら陸軍にとってはそれ程価値がある油田ではないようですな……。だが、海軍にとっては重要な油田の様だ。そうですな……一つ提案だが、この油田は海軍に管理監督権をいただけませんか? それで海軍は了としたいと考えます」
海軍大臣大角岑生の発言から会議は思わぬ方向に転がしだす。
「陸軍にとっては使い道がない重油でしょう? では、海軍が頂く方が有意義というものではありませんかな?」
「陸軍としては海軍の提案に断固反対である」
――どこかで聞いたことがあるセリフだ……。
陸軍大臣宇垣一成の断固たる意思表明に有坂総一郎は笑みを浮かべていた。平成最後の年で35を超えているオッサンたちなら知っているであろう迷言がまさかこのタイミングで出てくるとは思わなかっただけに妙にツボに入ったのであった。
「そもそも海軍は今までも物資や予算の配分で随分と得をしてきたではないか、そこに油田まで分捕っていくなど到底許せるものではない! そうだろう、濱口蔵相!」
宇垣は海軍の横暴な要求に血管が千切れるばかりに顔を赤くして怒鳴ると大蔵大臣濱口雄幸に同意を求める。
宇垣の促しに応じた濱口は頷くと同時にすっと立ち上がってこの場にいる全員に視線を向けて口を開いた。
「我国は国力の関係上仮令一切を犠牲とするも英米二国の海軍力に追従することを能はず……海軍が八八艦隊建設を行っていた折に私が口にした言葉だが、重ねてこの言葉を申し置く」
濱口は大角に向けてではなく、会議の参加者全員に自覚を促すような重々しい言葉だった。
濱口は日米英の軍拡競争とそれによる国防予算の膨張、増税、国民生活の疲弊という負の連鎖を断ち切りたいと考えていた。それを常に邪魔をするのは海軍であり、彼からすれば海軍こそが諸悪の根源だという認識があったのは間違いない。
「蔵相は緊縮財政論者でしたからな、ですが、我が海軍だけが予算を食い潰しておるわけではありませんでしょう? 陸軍は自動車化、機械化、それに列車砲だの装甲列車だので予算を奪っておる。まして、満州における事変で追加予算まで求めておるではないか? そして、鉄道省。連中は改軌だ、列島改造だ、弾丸列車だ、とここ数年我が海軍以上の伸び率をではないか。これらは放置すると言うのかね?」
大角は濱口の言葉に強烈な返礼をする。
実際にここ数年、自主的な軍縮もあり海軍は予算を減らし続けているが、その代わり陸軍と鉄道省は右肩上がりであった。また、農林省に至っては鉄道省の傀儡となり果て鉄道省の言うがままに農道建設や農耕機械の開発普及奨励をしている。
「海相の言うことは尤もだが、陸軍は兎も角、鉄道省の場合、着実に成果を出しておる。鉄道省の列島改造によって物流に変革が起きたことで全国規模での商取引が活発化しておる。これは税収という形で表れておる。その税収で陸海軍は軍備を整えておるのだと自覚をしていただきたいものだ」
濱口は大角の皮肉に律儀に返答する。
「なるほど、確かにそうですな……だが、我が海軍も国内の造船施設拡充に補助金を出すことで国力の増強に大きく貢献をしたことを忘れないでもらいたい。巡洋艦4隻建造を諦めて捻出したことでこれがかなったのですからな」
「何を言うか! そもそも、その予算だとて、海軍が大臣を出さんというから亡き加藤さんが海軍に詫びを入れる形で支出したものではないか! それを自分たちの手柄だとは言わせんぞ!」
大角の言葉に宇垣は反論する。
加藤高明内閣成立の時から陸軍大臣である宇垣は統帥権干犯問題、海軍の大臣推薦拒否、加藤の詫び入れと事態の推移はよく覚えている。それだけに大角の言葉は彼にとって許しがたいものだった。
「そうは言うが、そもそもその加藤高明内閣の不始末ではありませんか、本を正せば幣原喜重郎という馬鹿が要らんことを吹き込んだ結果起きたことだ。そして統帥権干犯なんて三流の政治屋が叫んでそれに同調して騒ぎを起こしたのを海軍が抑えたのを忘れんでいただきたいものですな?」
「その統帥権干犯の主張に同調したのは海軍の艦隊派だったことを忘れんで欲しいものですな」
大角と宇垣はお互いに睨み合う。
「これでは決まるものも決まらんわい……このダルマに免じて陸海軍ともに矛を収めてはくれんか」
いつもの陸海軍の反目にうんざりした総理大臣高橋是清が割って入ったことで二人は引き下がったのであった。
高橋是清内閣
総理大臣 高橋是清 子爵 立憲大政会
大蔵大臣 濱口雄幸 立憲大政会
外務大臣 森恪 立憲大政会
内務大臣 後藤新平 立憲大政会
陸軍大臣 宇垣一成 陸軍大将
海軍大臣 大角岑生 海軍中将
司法大臣 小川平吉 立憲大政会
文部大臣 水野錬太郎 立憲大政会
商工大臣 高橋是清 子爵 立憲大政会
農林大臣 町田忠治 立憲大政会
逓信大臣 久原房之助 立憲大政会
鉄道大臣 仙石貢 立憲大政会
参考人
南満州鉄道 山本条太郎
有坂コンツェルン 有坂総一郎




