石油問題<side 東條-有坂枢軸>
皇紀2588年 8月18日 帝都東京
革新官僚たちが会合を開いている同じ頃、有坂邸においても謀議が行われていた。
「有坂くん、あんた、商工省を敵に回し過ぎだよ……全然許可が下りないじゃないか」
苦情を言っているのは出光商会の出光佐三。彼は随分前から商工省に掛け合って石油備蓄基地の新設を願い出ていた。
だが、商工省は出光の訪問を受けても「担当者がいない」、「時機が適当ではない」、「規模に対しての見積もりが適当ではない」などと門前払いや差し戻しを繰り返して一向に計画が進まないでいた。
「いや、そうは言うけれど出光さんも出光さんで官僚と喧嘩してますでしょ? それに石油関連企業との大喧嘩もやらかしたばっかりでしょう……そりゃあ、うちとの関係があってもなくても商工省からすれば厄介な訪問者になりますよ」
「そりゃあ、石油業法みたいな法案を作ろうとしているのだから抵抗もする。それに阿る連中と喧嘩だって辞さないさ。販売の自由競争を奪うなんて消費者のためになるわけがない。そんなことになれば……外国石油企業が黙ってはいない」
出光が言う石油業法とは重要産業統制法に続く石油の統制を図る法案だ。史実では31年に重要産業統制法、34年に石油業法が公布されている。これによって産業のカルテル化、統制販売へとシフトしていった。石油業法は石油の精製・輸入・販売を行うには政府の割り当て認可がなければならないものであった。
これは出光商会の販売網では明らかにダメージを受けるものであり、大地域小売業という出光の考え方とは相いれないものであった。
「ええ、わかりますよ。だからこそ、彼らにとっては面白くないんですよ。なにせ出光さんはその信念で苦境を打開すること幾たびですからね。そんな剣豪みたいな人が率いる会社に規模で優っていても圧倒されかねないと思うのが人情ですもの」
有坂総一郎は出光の気持ちはよくわかっていた。実際に対面して語る彼と史実の事績での彼を考えると熱き血潮湧きたつ国士なんだと改めて認識出来る。
「何を悠長な……満州での戦が一段落したら、遼河の油田を採掘始めるんだろう? であれば、製油所と備蓄基地は一日でも早く準備しないといけない……外油が嗅ぎ付けたら要らぬ外交問題が発生する。その前に既成事実を築く必要がある」
出光は秘密裏に進められている満州石油開発事業の試掘成果と既に大連へ運び込まれた採掘用機械群によって一種の焦りを感じていた。
上手くこの事業を軌道に乗せないと外油の介入、ひいては列強の介入を招く。その場合、満州の支配権、権益を失いかねない。状況次第では史実よりも国際関係が悪化する可能性すらある。
「実はライジングサン石油を介してロイヤルダッチシェルに接触しているのです。日露戦争で満州利権を日露で独占したことがアメリカの機嫌を損ねたわけですから、今後アメリカとの関係が悪化してもイギリスを少しでもこちら側に寄せておく必要があるので……」
「有坂くん、いつそんな接触をしたのだ? 一言も聞いていないぞ」
「私もそんなこと一言も聞いておらんかったな……」
出光と黙って聞いていた東條英機が総一郎の言葉に激しく反応する。
「まぁ、言ってませんでしたからね。ただ、どこに出るのか、などの詳しい情報は知らせていませんよ。どうせ彼らも満州での戦で立ち消えになると今頃は思っているでしょう。ですが、ロイヤル・ダッチ・シェルは兎も角、アングロイラニアンを実質的に支配している大英帝国政府のチャーチル卿は非常に乗り気でしたよ」
「あぁ、あのビヤ樽なら平気で二枚舌でこちらを利用しようとするだろうからな……」




