石油問題<side 革新官僚>
皇紀2588年 8月18日 帝都東京
「そう言えば……海軍さんの軍艦は石炭・石油混焼から石油専焼に今後は置き換わると聞く……石炭であれば国産炭である程度賄えるとしても、石油に関しては自給などほとんど出来ないが一度海軍が暴れまわる大戦になれば心許ないが如何に?」
賀屋興宣は豊田貞次郎に厳しい視線を向ける。
必要だと言われれば整備もするし予算の算段もするが彼ら大蔵官僚は金庫番である。理屈の通らない予算出動には厳しい。特に海軍軍縮による海軍休日ならば尚のことだ。
「概算であるが、昭和15年度予測では1時間当たり数百トン単位の重油消費を見積もっておるのだが……現行の輸入状況であれば十分に賄えると考えているが」
「それはアメリカと事を構えることがない前提でありましょう? 欧州大戦以後、アメリカの帝国への態度は明らかに悪化している。今でこそクーリッジ政権で親日的ではあると言えど、先の排日移民法を見るに明らか。それに依存するのは明らかに危険であると考えますが如何?」
豊田の楽観的な見通しに今まで出番のなかった鉄道官僚佐藤栄作は口を開く。
「いや、それは……だが、良質の石油はカリフォルニアから届くのだから仕方あるまい? 他に産地があるのであれば、それこそ商工省や外務省が交渉して輸入先として何とかするべきだろう。エネルギー政策は海軍ではなく政府や各省の仕事だ」
「確かに我が陸軍も石油に関しては一考の余地があると考えている。宇垣軍縮以来、自動車化を進めておるからな……石油はいくらでも欲しいところだ」
豊田に続き永田鉄山も他人事のように言う。
史実において重油をせっせと使い続ける海軍だけでなく、陸軍も燃料に関しては無頓着であった。対ソ、対支那が仮想敵である陸軍にとって石油の輸入元であるアメリカと敵対する意図はなかった。当然、燃料は欲しいだけ買えるという感覚であったのだ。もっとも、それ以上に自動車化が進んでいないことで差し迫った危機感がそもそもなかったという側面もある。
だが、日常で重油を燃やし続ける海軍が危機感があったのかと言えばこれまたいい加減な状態であったと言える。外交でのそれが行き詰まりを見せ、石油禁輸になった時点で慌てて動き出すという様な無様な状態であった。
しかも、南方侵攻で確保して何とかするという対応を現実的に選択せざるを得ない状況でさえ被害予測や本土への還送見積もりは甘くなっていた。
「軍人さんたちは自分たちが使うというのにあまりにも他人事のように仰いますな……どうですかね、兄さん?」
佐藤は呆れたように言うと兄である商工官僚岸信介へ視線を向ける。
「栄作、お前の方が石油に関しては我々が知らないことを知っているんじゃないのか?」
岸は佐藤に逆に質問をする。
「……満鉄の情報では……不確定だが……と但し書き付きで石油が出るかもしれないと……けれど、これを当てにしてもらっては困ると満鉄側から言われてまして……鉄道用のディーゼル燃料を賄うことが出来る分は採れるかもしれないという話でしたから……」
佐藤は言いにくそうではあるが、絞り出すように答える。
「なんだと! どこで出るんだ!」
「それを早く言わないか!」
「商工省はその話掴んでいたのか!」
怒号が飛び交う。
「掴んでいたというより、出光商会が石油備蓄基地整備を陳情してきていたことと、タンカー建造補助を要望してきていた……そして、有坂コンツェルンが水面下でアメリカの採掘業者と接触しているという情報が入っていたという程度だ」
岸は会合の主導権を得たとばかりに開陳する。
「この機会だから皆には注意を払って欲しいのだが、有坂コンツェルンの動きから目を離すな。奴が動いた後は必ず何かが起きる。今回は有坂と関係のある連中の動きにも目を光らせていたから石油関係で何かやろうとしていると踏んだのだ。そして、栄作は鉄道省の実質的な副官であり、鉄道省を裏で動かしているのは有坂である。だからこそ、栄作が何か知っているだろうと考えたに過ぎない」
「まさか、奴は満州を鎮定した後に手に入るであろう利権を抑えに動いているということか? いや、まさか……コミンテルンの仕業となっている……いや、コミンテルンが犯人であるのは間違いないが、奴が裏で糸を引いてコミンテルンを手玉に取って張作霖を始末したのではないのか?」
岸の言葉に続いて永田はある事実に気付く。
「いや、さすがにそれはないかと……そうであったならば、アレが帝国を戦争に引きずり込んでいることになりますぞ。たかだか政商がそんなことをするとは思えませんな」
鈴木貞一は疑念を打ち消すように言うが、永田は疑いを捨てきれなかった。




