有坂邸、強襲さる!<3>
皇紀2588年 8月3日 帝都東京
「閣下……」
「ふむ、なに、ワシの独り言だ。気にするでない……。さて、本題はここからだが……知っての通り、我が帝国陸軍は砲戦力について些かの不安がある。いや、逆だな。銃火器の強化がなったからこそ、砲戦力の不足が目に見えてきたのだ。全体の火力が乏しいときはそれ程目立たなかったのだが、銃火器の充実で正面火力は目に見えて改善された。しかし、支援すべき砲火力の欠如こそが最大の問題だったのだ」
荒木貞夫中将は語る。現在の陸軍が抱える問題を明確にどこにあるのか。
「確かに、小銃、軽機関銃、重機関銃と口径統一も出来、火力の増強が出来ましたが……大砲に関しては遅れ気味に見えますね……」
「貴様が東條や技本の連中らと色々やっておるのは知っておるのだが、砲に関してはそれほど熱心ではなかったと聞いておる。実際、装甲列車に積んである砲も従来のモノを改造した程度だそうだな」
荒木が東條-有坂枢軸のことをかなり詳しく把握していることに焦りを感じた総一郎であった。
――どこまで知っている? まさか、英雄将軍も転生者じゃなかろうな?
総一郎はそこまで疑った。
「技本の連中に聞いた話だが、乏しい陸軍予算で出来ることは新型の大砲を無理して揃えるよりも、口径統一した銃火器を大量配備する方が有効だと考えたというが……まぁ、確かにその理屈は正しい。あれもこれもと色気を出せるほどの余裕はない……まして国内の師団もすべてが三八式歩兵銃から八七式自動小銃に切り替わったわけではないからな……」
「閣下の仰る通りです……釈迦に説法ではありますが、選択と集中こそ陸軍に必要なことであると考え、基礎研究と試作程度までしか行っておりません」
荒木は正しく問題点を把握している。
予算不足、口径問題、装備改変と陸軍は立て続けに難問に取り組んだことでやっと外征戦力の構築に成功したのだ。その代わり、国内師団の装備改変は後回しにされている。それどころか、不足する装備を外征戦力に共食いする形で供給しているのだ。
それもこれも史実よりも師団数が増えていることに影響する。もっとも、これはシベリア出兵の成功で浦塩派遣軍に派遣している兵力を賄うためでもあった。つまり、シベリア出兵の成功が逆に大日本帝国と帝国陸軍を苦しめているのだ。
「閣下の懸念と今回の来訪の目的は……」
「そうじゃよ、大砲を何とかせよ……今技本で開発を進めておる新型野砲ではこれからの戦には適しておらんとワシは考えておる……砲そのものは兎も角として、シベリア出兵以来の自動車化著しい我が皇軍の装備ではとてもではないが、アレでは話にならんじゃろうな? そう思わぬか」
荒木の訪問の目的がわかった。
――なるほど……九〇式野砲ではなく、機動九〇式野砲を早急に造れということか……そして、カネのかかる九〇式野砲の代わりに九五式野砲が欲しいと……。
「技本での開発はフランス・シュナイダー野砲を基にされていると聞きましたが、それは支那大陸での運用を前提として開発を進めていると聞いておりますが、閣下が望まれておるのは、馬匹ではなくトラックやトラクターを前提としたものとして代案を出せということなのですね……」
「そうだ……そして、今、皇軍は外征でカネを用立てることは出来ぬ。無論、戦時予算が編成されればそれで賄えるかもしれんが、戦費に使うのが本筋であるから、装備調達に回せるのは少ないであろうな」
「つまり、カネが掛からない機動野砲を望まれると……」
「無論、極力予算獲得に協力はするが、シベリア出兵の時と同じく、献納という形で陸軍上層部を納得させてから正規発注となるだろう」
足元を見まくってくれるオッサンだった。
――こちらがある程度準備が出来ていて、尚且つ早期に投入出来ると踏んでいるからこそ出来る無茶な要求だ……ここのミソは無茶であってけして無理ではないというところだ。
「まったく軍のゴリ押しは天下無敵ですな……」
「権力とコネは使うためにあるのじゃ」




