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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2588年(1928年)

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試製八九式軽戦車

皇紀2588年(1928年) 6月28日 大阪 陸軍造兵廠大阪工廠


 北満州において戦端が開かれるのは今日か明日かと内外の新聞は書き立てているこの日、大阪城に隣接する陸軍造兵廠大阪工廠の敷地内においてとある戦車の試作車が完成披露されていた。


 史実において八九式軽戦車と称され、後に種別改訂によって八九式中戦車甲型とされた試作戦車であるが、史実とは異なり、その開発は約1年先行している。


 25年に欧米に派遣された緒方勝一中将の戦車購買団は当初、大英帝国が開発し制式化したばかりのヴィッカースMk.Ⅰを輸入しこれを制式戦車としようと考えていたが、大英帝国の輸出許可が得られずやむなく不採用となったヴィッカースMk.Cに目を付けたのである。


 その際紆余曲折があり、大戦時に開発された大量購入が容易でフランス政府が売り込みをかけてきたルノーFT-17の制式採用を検討したが旧式であることや早期の陳腐化を懸念し、同時に新技術の導入が図れるヴィッカースMk.Cの方が優位と結論が出たこともあって制式化は兎も角、数台の購入を行うこととしたのである。


 また、その際にヴィッカースに仕様変更を依頼し、改設計を行わせた。そして27年3月にヴィッカースMk.C改が完成品7台、半製品3台の10台が陸揚げされ千葉県習志野原において評価試験を行われたのである。


 ヴィッカースMk.C改の評価試験は概ね狙い通りの結果が得られ、これの成果を活かす形で27年秋から試製八九式軽戦車の開発がスタートしたのである。


 しかし、ヴィッカースに商談で負けたルノーもフランス政府の後押しによって中古旧式のルノーFT-17ではなく、後継機種であり開発されたばかりであるルノーNC27の購入を持ち掛けてきたのである。


 明らかに日本側の戦車国産開発への妨害の意図を持っていたものであり、技術系統としてはそれ程目立ったものはなかったのであるが、ジュネーヴ海軍軍縮会議の兼ね合いもあり海軍省から予算を都合するという申し出もあったことで「他人の財布で買い物が出来る」と陸軍省はこれを二つ返事で受け、購入に踏み切ったのである。


 だが、待てど暮らせど現物は届かない。やっと届いたのは試製八九式軽戦車の試作車の製造が始まった28年4月のことであった。


 この時点で陸軍省ではルノーNCに期待はしておらず、届いた時点で旧式扱いという状態だった。だが、届いた以上は評価試験を行いその性能を確かめなければならない。


 陸軍省の誰もがルノーFT-17よりも新型なのだからそれなりのものだろうと考えてはいたが、そんな彼らの期待を上回る成果を叩き出すことをその時は誰も思い至らなかった。


 この時点で戦車の製造能力を持つ製造拠点は日本国内ではほとんど皆無であり、三菱重工業がヴィッカースMk.Cの修理の経験で陸軍の信用を得たことで補助によって戦車工場を操業し始めたばかりだったのだ。当然、手探りの状態でのそれであり、三菱重工業と有坂重工業の工場ラインは八八式中戦車の量産などで手一杯だった。


 生産能力が需要に対して追いついていない状態である以上、外国製戦車はそれだけで戦力換算されるべきものであり、多少旧式扱いでもそれなりに期待はされているのだ。


 だが……。


 習志野原における評価試験において初日からトラブルが連発する事態が発生するのであった。


「これは一体どういうことだ?」


 陸軍高官たちが見守る中でヴィッカースMk.C改と模擬戦闘を行うはずだったが、ただ、台地を走破しているだけで転輪軸が折損、脱落し、擱座し戦闘能力を喪失するという結果から始まった。


 ヴィッカースMk.C改はその横を何の問題も起こさずに一列横隊で突撃を敢行している。


 だが、ルノーNCはエンジンの異常加熱、潤滑剤や冷却液の異常消費という問題を起こし走行不能となるもの、エンジンを全開にしても時速18kmすら出せないものが続出し戦列を組むことすら困難であった。


 この状況に欧米戦車購入団として実際にルノーと交渉にあたっていて、28年3月に陸軍造兵廠長官として赴任し、観閲官として現場にいた緒方は激怒してしまった。


「おい、このルノーの新型はなんというざまだ! こんな不良品を売りつけるとはどういう了見だ! 事と次第によっては容赦はせんぞ!」


「緒方さん、それは日本側の戦車の使い方に問題があるのです。こんな高温多湿の状況で戦車など使うものではありません。連続走行や高速機動など想定にありません。これは我が社の問題ではない」


 ルノーから派遣されていた技師は自己弁護に終始し真面目に取り合わず、そのまま帰ると暴挙に出たのである。これには緒方だけではなく陸軍側から不満が噴出し、以後ルノーとの契約は行わないと非公式に決定されたのである。


 だが、ルノー視察団が退去した後に本当の問題は発生したのである。


「これより、対弾性能の評価試験を行います」


 ルノーNCの装甲厚は試製八九式軽戦車を上回っていることで重戦車、移動トーチカとしてくらいなら使えるだろうとこの場にいた皆は考えていた……だが……。


――バカーン……バラバラバラ……


 ヴィッカースMk.C改から打ち出された砲弾がルノーNCに命中する。その直後、装甲板が車体フレームから脱落し原型をとどめない壊れ方をしたのである。


 整備員や技師たちがわらわらとルノーNCに集まるとあーだこーだと議論を始める。


 その様子を高官たちは見守っていたが暫くすると報告が上がってきた。


「ルノーNCのフレームそのものが脆弱であり、同時に溶接接合にも問題があり、およそ戦車として……装甲車両として使い物になりません! ただし、装甲板そのものは十分な強度があることは間違いないと思われるとのことです」


 遠目で見えてはいたがあまりの惨状に陸軍高官たちの誰もが唖然茫然という様だった……。


「やはり、戦車は国産にしなければならない……そして技術と工業力は大切だ……」


 彼ら陸軍技術陣はフランス製戦車のあまりの酷さに思い知らされ、決意を新たにした4月のことであった。


 それから2ヶ月……。


 遂に完成した試製八九式軽戦車の試作車は従来通りのリベット止め構造のものと溶接構造のものが比較対象として製造された。


 そしてこれから時間をかけて問題点を洗い出す作業がこの新型戦車には待っている。

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