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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2588年(1928年)

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お主も悪よのぅ、いえいえ御代官様ほどでは……

皇紀2588年(1928年) 6月8日 帝都東京


 時は遡る。


 孔子廟協定が結ばれた翌日、神楽坂の料亭で東條英機大佐は有坂総一郎と会合を持っていた。


「まずは一献……」


 珍しくはない東條と総一郎のサシでの会合だ。いつものように総一郎が東條に酌をする。


「この酒は……貴様のとこで醸造したものだな……まさかここでも呑めるとは思わなかったぞ」


「最近は東北の酒造会社で生産拡大を行っておりましてね、杜氏たちも試行錯誤で多様性が出てきたのですよ。実は、今呑んでいる酒も彼らが独自で醸造した酒です」


 総一郎は東北の産業構造の転換と地場産業の強化を狙い、元々この地域でメジャーな酒造を足掛かりにして吟醸、大吟醸の量産を進めていたのだ。


 当初は門外漢の持ってきた話だけに眉唾で拒む声が多かったが、一部の酒蔵が応じて醸造した酒が門外漢の示した通りの美味い酒だったことから少しずつではあるが導入し、従来品とは別のラインナップとしてまずは出してみることとなったのだ。


 とは言っても、量産品ではないこともあり多少値が張るものであった。それが故に地元への流通は極少数、出回っても地元の有力者や名士の会合などに出るくらいだ。生産数の殆どは帝都に流れたのである。


「流石に値が値だけに地元流通は少数ですが、帝都に回ってきた分が料亭で出されると人気が爆発したのですよ。財界連中の会合では特に重宝されている様ですね。これも東條さんを通じて少しずつ浸透させてきた効果が出た結果であると言えますね」


 東條に土産として渡してそれ以来贈答品として重宝してきた吟醸酒であるが、それが話題を呼び、同等のものが流通する様になったらこぞって用いられるようになったのである。


「貴様の手のひらで我々は踊っていたということか……だが、この程度では東北の困窮を改善出来まい。皇道派の支持の根源は東北の……農村の疲弊と都市部との格差だ……」


「そのために鉄道省と農林省に色々お願いしているわけですがね……まぁ、最近は商工省が協力的になったので根回しがしやすくなりましたがね」


「まさかと思うが、官僚たちを説得するための材料にもなっておらんだろうな?」


「彼らも人間ですよ。美味い酒がいつでも安く呑めるなら飛びつくと思いませんか、酒というのは人と人との和を醸し出すものでもあると思うのですよ……東條さんも吟醸酒で味方を増やしたでしょう?」


「全く食えん奴だ」


 東條はそう言いつつ美味そうに酒を呷る。


「日本酒の改良はまだ始まったばかりですよ。刺身に合う酒、肉に合う酒、鍋物に合う酒……杜氏や酒蔵の努力や才覚次第ではいくらでも進化しますよ」


「煽るだけ煽っておいて最終的に利益を得る立場のくせによく言う」


 総一郎の言葉を皮肉るように東條はそう言うと表情を引き締めた。


「さて、皇道派と永田一派の動向だが……全ての準備が整った様だ……あとは張作霖が新京……いや長春へ向かえば全てのお膳立てが仕上がる……田中退役大将も特使として北京に飛んでいる」


「なるほど……であれば、放っておけば……」


「あぁ、今月中に連中自身で満州事変を起こすだろう……田中退役大将は人身御供になるだろうな」


「東條さんは座視されるおつもりで?」


 総一郎は東條の真意を測る。


「貴様はどうして欲しい? 最近、コミンテルンの連中が在満、在支の日本人に働きかけて赤化工作を仕掛けているという……あとは内地に潜り込みやすいドイツ人を工作員として使っているという……貴様も知っているだろうアイツも動いているそうだ……」


「アイツ? ドイツ人でアイツというと……」


「あぁ、そうだ、リヒャルト・ゾルゲだ……今は上海の憲兵隊に監視させて泳がせているがな……近日中に来日する予定であるらしい」


「ほぅ……ゾルゲですか……なるほど……」


 総一郎の瞳に昏い何かが煌めいた瞬間だった。

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