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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2588年(1928年)

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尾行

皇紀2588年(1928年) 6月19日 帝都東京


 梅雨の帝都は今にも一降り来そうな空模様であった。


「なにもこんな日に買い物に行くことはないだろう?」


 彼の言葉に含まれた「こんな日」には意味が多くあった。


「何を言っていますの? それこそ、こんな日、だからこそですわね」


 青年の側を歩く女性は切り返す。


「……」


 返す言葉が見つからず黙りこくった彼の瞳には諦めの色を漂わせた何かがあった。


「旦那様が、この展開で動かないなんてありえませんもの……いえ、逆ですわね……敢えて言いましょうか、私は旦那様が真犯人ではないかと疑っているのですけれど、それに対して釈明はございませんこと?」


 彼女の名は有坂結奈……隣を歩く有坂総一郎の妻にして彼の参謀役を引き受ける才女である。


 彼女は孔子廟協定以来、夫である総一郎の行動に疑いの目を向けて注視していたのだ。行動を起こす可能性があった永田鉄山一派と皇道派が一切の行動を起こさず、それどころか史実の6月4日を超えても何らそれに相当する事件が起きず暫く様子を見続けていた矢先に田中義一退役大将と一緒に遭難したのである。


 未だ生死不明であるとはいえ、歴史の修正力を考慮しても死んでいる可能性が高いと考えれば、犯人の可能性など歴史を知る彼女からすれば限られる。


 第一候補は関東軍(皇道派と永田派)、第二候補は張学良、第三候補はソ連と支那共産党、第四候補は自らの夫である有坂総一郎とその一派……。


 自然、彼女の疑いは夫に向かう。


「永田さんたちの動きに特別変わった様子はないというそうだけれど、むしろ想定外で慌てている印象だわ。永田鉄山という歴史上の人物の印象からすると彼は犯人から外れると思うのよね」


「確かに永田鉄山は万全の準備をしてから仕掛ける印象だね……だが、今は動員の準備に忙殺されているし、本当に予想外だったんだろうね」


「ええ、そうでしょうね……だとすると、この事態で得をする人間が出てくるのよ」


 結奈は人の流れを見つつ近くの喫茶店へ総一郎を誘う。


「……つけられているわ……フフッ……どうやらあの方々もあなたを疑っている様子でしてよ、旦那様……歴史上の人物に目を付けられるなんて流石だわ……お遊びが過ぎたようでしてよ、旦那様」


 結奈は歩きながら時折手鏡を開いていたが、その意味を知った総一郎は驚きの表情をする。


 総一郎の表情などまるで無視するかのように喫茶店に入った結奈はウェイトレスの案内を断り、一番奥の席を要望し、紅茶を二人分注文すると彼女に紙を渡す。


「この名刺の方にすぐに連絡を取って下さるかしら、それで、伝言を頼めるかしら……あなたの部下が暇そうにしていらっしゃるからお説教をしてくださるかしら……と。ここの場所も伝えてくださいね」


 ウェイトレスは結奈の言葉に頷くとそのまま奥に引き下がった。


「ここなら相手を観察しやすいわ」


「あまり嬉しくないのだけれど……で、尾行(つけて)いるのは?」


「明らかに軍人さんという感じの背広を着た方が二人、泰平組合って言ったかしら? 陸軍さんのフロント企業……恐らくそこの方ね。あとは外国人風の方が一人……こちらはビジネスマンという感じの方ね……むしろこちらの方が危険度は高いかしらね」


 泰平組合には業績不振の都合で救済を求められて以来の付き合いであるが、彼らとて一枚岩であるわけではない。東條一派、永田一派、皇道派と派閥に与する者が入り乱れている。よって、東條一派以外が尾行をしても不思議ではない。


 実際に今の陸軍で最大派閥は旧長州閥であり、それ以外の派閥は横並びに近い状態だ。それゆえに新興派閥は旧長州閥の切り崩しで勢力拡大を狙っている。当然、敵対する派閥への妨害工作の一つや二つは行っている。無論、表には出ないが。


「陸軍さんの内部抗争で睨まれるのは想定内だけれど、外国人ってのはなぁ……」


「あら、心当たりがないの? 共産党潰しとか、ビヤ樽閣下とか、大砲屋さんとか、色々とアレなことやらかしている方に心当たりがないなどと言わせないわよ? それとも、面識がないけれど、大魔王様の怒りにでも触れたかしら?」


「嫌なこと言うなよ」

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