北天の雄
皇紀2588年 6月18日 満州 奉天
瀋陽城鳳凰楼……かつて清朝第二代皇帝ホンタイジが名月を愛でたという楼閣に張作霖亡き後、満州に覇を唱える男がいた。彼の名を張学良という。張作霖の息子であり、史実において張作霖爆殺後に蒋介石に降り、支那事変が始まると西安事件を引き起こし国共合作を為した男だ。
「ほぅ、親父殿が逝ったか……よい、下がれ……あぁ、待て、遺体を収容出来たのであれば丁重に葬ってやれ」
青年指導者は実の父が殺されたというのに動揺を見せず楼閣から事件が起きた現場方向を見やる。
――親父殿、すまんな……見殺しにせざるを得なかった……許してほしい……。日満ソの会談などさせるわけにはいかんのだ……赤いヒグマをいつまでものさばらせるなど認められん。
黙祷を捧げると彼はすぐに行動を開始した。
「誰かある」
ややあってから側近が現れる。
「お呼びでしょうか……御父君とは後程対面出来るかと……」
「それは良い。弔うのはいつでも出来る。今せねばならんのは敵討ちぞ……」
張の言葉に側近は驚きを見せる。
「それほど驚くことでもあるまい……親父殿は多方面に敵を作っていたのだからな、いずれかの勢力によって排除されたに過ぎん。それは我らだって今までにやってきたことだ。である以上、無為に時間を過ごせば今度は私がやられる番だ……」
張は側近に奉天駅の方向を見る様に指差す。
そこには運行再開した満鉄の列車が続行する形で続々と奉天駅に入線している。
「あれは恐らく関東軍の兵が乗っているだろう、ぼやぼやしていると連中に先を越されるぞ」
「しかし、敵討ちと言われましても……犯人はまだ……」
犯人、確かにこの時点で誰が襲撃したのか判明していない。
「あぁ、それなら構わん。敵はソ連だよ……」
「しかし、その証拠が……」
側近の表情は青ざめていた。混乱している現状でソ連と対峙するなど無謀だと思えたのであろう。
「よく考えてみたまえ、アレに乗っていたのは親父殿だけではあるまい、我が軍閥の主だった者もいる。そして、特使として日本人が乗っていたであろう」
「田中義一退役大将ですか……」
「あぁ、そうだ。これは日本にとっても敵討ちになる。それを利用して共闘を持ち掛ければ無謀な賭けというわけでもあるまい」
張はそう言う。
敵の力を利用して別の敵の力を削ぐ、三国志の時代、いやそれ以前から続く兵法の基本だ。
側近もまたそれを理解はしているが、応じてよいものか判断が付かなかった。
「恐らく日本は今頃大慌てだろう……であれば、こちらが主導権を握ることも難しくはないだろう」




