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遺言

皇紀2582年(1922年)6月5日 帝都東京


 訪問客を出迎えるため書斎から応接間へと移動し、客が入ってくるのを東條英機は待っていた。


 この時期の訪問客などあっただろうかと、少し記憶を遡るが彼には思い当たる事象がなかった。


 彼が記憶の糸を手繰っていた丁度のその時、件の訪問客が通され彼は驚くとともに応接セットから立ち上がった……いや、立ち上がろうとしたのだが勢いが付きすぎてテーブルに膝をしたたかに打ち付けてしまったのだ。


「おぉ、驚かせてしまって悪かったな……」


 立派な髭を蓄えた老人は膝を打った東條に謝罪した。


「いえ、大丈夫です……まさか訪問客が閣下であるとは……思いもよらぬことで少々驚きました」


「なに、すでに引退した元陸軍大将じゃよ、それに小僧、ワシは貴様の親父の親友ではないか」


「いえ、そう言われましても……」


 東條は恐縮しながら着座をすすめた。


「……それで、井口閣下、突然の来訪、一体何事でございましょう?」


「うむ、実はな、陸大の教え子から貴様の活躍を聞いたのでな、どれ、如何ほど成長したものかと思ってのぅ」


「左様な活躍など致しておりませぬが……先日の参謀本部での一件でありましょうか?」


 日露戦争で活躍した元陸軍大将にして東條英教の親友である井口省吾の来訪、東條は井口の来訪の意図がなんであるのか見当もつかなかった。


 ただ、井口の口ぶりから昨今の出来事で彼の琴線に触れるものがあるとすれば参謀本部でやらかしたあの件しかないと考えた。


「うむ。小僧、貴様は参謀本部に巣食う妖怪ども相手に啖呵を切ったというではないか」


「啖呵を切ったというほどのことでは……ただ、現状では戦にならないと申しただけのこと」


「だが、その一言でシベリア増派と弾薬増産という道筋を付けたのであるから大したものだと褒めてやろうと思ってな……しかし、その代わり、貴様は敵を増やし過ぎたな……特にシベリア出兵で負け戦を演じた諸将や軍中央は恥の上塗りじゃよ」


「……左様ですな……」


「そこでだ、ワシが周旋してやるから陸大か陸士の教官をやれ。そこで、貴様がぶち上げた総力戦について講義して味方を増やせ……今の中央は風向きが悪かろうからな……」


「教官でありますか……」


「それから、シベリアで第8師団が新兵器を投入して随分と戦果を挙げたというではないか?」


「有坂重工業という新興企業が開発した自動小銃と機関短銃のことであると思います……あとは機関銃の集中運用……これは旅順や欧州大戦の経験を活かしたものだそうですが」


「そう、その自動小銃と機関短銃だな、それの使い方を研究するが良かろう、我が帝国の工業力では到底あれを量産しても使いこなせまい……であるならば、効果的に使える様に考えるべきであろう」


 流石は児玉源太郎をして普賢菩薩か文殊菩薩と言わしめた人物である。本質を見極めている。


「確かにシベリア程度では使いこなせておるようですが、アレも用兵側から不満や欠陥の報告が上がっている様です……何より弾薬の補給……いえ、弾薬だけではなく兵站全般が最早馬匹ではどうにもならぬと報告書などからは窺えます」


「であろうな、参謀本部の教え子から聞いた話ではあっという間に撃ち尽くすと……」


「三八式歩兵銃とは異なり、命中率は低下しておるそうです……ゆえに数撃って黙らせるという感じであると……」


「使い方そのものが違うという認識を持たねばならぬな……」


「閣下のお考えの通りです……」


「では、貴様の仕事はそれを踏まえて使いこなせるように若者を指導することであると心得よ……それから……後に出世したらば、戦力化した新兵器を十分に使いこなせるように兵站を支える様に陸軍の有り様を変えることだ……良いか小僧、ワシの遺言と思うて成し遂げよ」


「はっ、必ずや……」


「よし、それだけだ。何か相談があればまた顔を出すが良い」


 それだけ言うと井口は帰っていった。


 井口の言葉に東條は歴史は確実に変わり始めていると実感するのであった。

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