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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2588年(1928年)

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堀越二郎

皇紀2588年(1928年) 4月18日 愛知県 名古屋


 中島飛行機の快進撃は陸海軍のみならず産業界も一目置くに至っていた。だが……名古屋に本拠を置く三菱航空機は中島の飛躍的な発展とは違い、鳴かず飛ばずの状態にあった。


 史実においてもこの時期、中島飛行機が空冷発動機で成功を収めているのと対照的に三菱航空機は液冷発動機の開発に苦戦し、その性能確保と試行錯誤によって経営資源を浪費し、軍部当局、特に海軍からの視線が冷ややかであり、「三菱は何をしているのか」と不満をぶつけられていたのである。


 だが、そんな苦難の時期でも若き技術者は資本力があり大きな仕事が出来るであろう三菱航空機に入社しているのである。三菱航空機も中島飛行機同様に多くの技術者を抱え、彼らの研究開発によって日々製品の向上を目指していたのである。


 前年4月に入社したばかりの新進気鋭の技術者の一人、堀越二郎は本社ビルの一室で空を眺めていた。


「我が社もこの空と同じく晴れ晴れとしていれば良いのだが、どうもそうはいかんようだな……」


 史実において三式戦”飛燕”や九九式双軽を設計、戦後にはYS-11を設計した土井武夫や航研機やキ77(A-26)を設計開発した木村秀政が同期にいる彼だが、今のそれは焦りの表情というものでもない。


「青島に展開した陸軍の教導飛行団は中島の新型機(九一式戦闘機)の配備で士気が上がっているというが、俄かにあの性能は信じがたいが……なるほど、確かに洗練されてはいないけれど良く出来た機体……いや発動機と言うべきか……」


 彼の表情の意図は読み取れない。感心している様でどこか達観している何かを感じさせられる。


 彼の仲間たち、先輩たちは海軍からのイスパノスイザ式液冷発動機の性能向上、安定に掛かりきりであり未来への視野が狭まっているかのように堀越には見えているのは確かだった。


「しかし、あの中島がこんなにも使いやすい発動機を造るとは思いもしなかったなぁ。油断していた」


 彼の言葉には自嘲ともとれる部分はあったが、どちらかと言えばライバルにしてやられたが、逆にそれが故の楽しさを覚えたそういうものが多分に含まれていた。


 仮称九一式戦闘機の開発にこそ新型発動機を投入することで際立った性能を示していた中島飛行機だったが、海軍の三式艦上戦闘機には出し惜しんで平凡な海軍の要望水準のものを出してきたそれも中島飛行機からの配慮にすら堀越には思えていた。


 彼の手元には中島飛行機から手渡された寿発動機の性能諸元と部品寸法などのリストがあった。


 これは三菱航空機が苦戦していることを把握している海軍航空当局が中島飛行機に圧力をかけて三菱航空機へと渡させたものである。無論、現物も完成品で5基、分解状態のものが5基、部品関係は10基分が予備補修用として引き渡されている。


「いいじゃないか、挑戦状を受けて立とうじゃないか、黒幕は誰か知らんが、折角のお膳立てだ。アレを予定よりも早く出して次期艦上戦闘機(九〇式艦戦)を我ら三菱が頂こうじゃないか」


 堀越を奮起させるには十分な挑発とも言えたそれであるが、海軍に手を回した有坂総一郎の本意はそこではなかった。


 元々三菱航空機は大量生産が得意な中島飛行機と異なり、生産数は劣るが、圧倒的に製品の品質では上回っていたのだ。同じ零戦でも中島製の機体よりも三菱製の方が良いと現場では言われていたという。


 そのため、元から持っている長所を引き出すために現物とマニュアルと半製品を渡すことでそれから学び取って史実以上に整備性や生産性の良い発動機開発を促すことが総一郎の本意であった。だが、堀越は据え膳食わぬは男の恥とばかりに売られた喧嘩を買うという方向に動いてしまったのだ。


 しかし、それはそれ。


 堀越の発奮は明らかに三菱航空機を動かす原動力となり得るものではあった。


 負け続き、苦戦続きの三菱航空機にとって再起を図るには実績を示す以外なかったからだ。その実績を示すには今まで通りのそれでは駄目であり、そこに高性能な発動機がある以上、ライバルの力を借りてでも見せつける必要があったのだ。


「なに、こちらには秘密兵器がある。勝てぬ戦を私はしない……勝てる戦の担保が増えただけだ」

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