青写真
皇紀2588年 3月18日 帝都東京
「仙石大臣、例の明石海峡と鳴門海峡の調査の件どうですかな?」
平賀譲少将の発言は今までの船舶の話と切り替わるようなものであった。
「少将、アレの話ですが……鳴門は兎も角、明石はかなり難しいとのことですよ……トンネル掘るくらいなら架橋の方が実現性があると……ただ……」
話を振られた仙石貢鉄道大臣は頭を掻きながら苦笑する。
「海軍としては瀬戸内海の自由航行を考えると中途半端な架橋などされては困る……特に戦艦の艦橋構造物は40~50メートルにも達する……それを考えると……安易に架橋というのは難しいであろうな」
「ええ、そうでしょうね……それと架橋案にしても長大吊り橋になると、たわみが大きくなると想定されますので流石にこれは技術的に難しいのではないか……と意見が出ておりますので、白紙ということになりそうでして、海軍さんの御心配は無用と存じます」
平賀の注文に対して仙石は技術的に無理だと太鼓判を押す。
二人のやり取りを聞いていた有坂総一郎だったが、そうなるだろうと元々認識していただけにそれほど気に掛けてはいなかったが、距離短縮出来る淡路ルートの実現性のなさに溜息を吐く。
「となりますと、四国と本州の鉄道連結は実質的に放棄せざるを得ませんな……残るは備讃連絡ですが、これも工期があまりにも長いですし、海軍からの不満が続出しそうですしね……」
実際に完成した備讃ルート以外に鉄道連絡が出来るであろうルートは芸予ルートしかない。技術的水準から言えば芸予ルートの方が海峡・水道の距離が短いだけ実現性は高い。だが、線形は非常に悪い。島々を数珠つなぎにするためカーブの連続である。また、軍艦が通行可能とするためには桁下60~70m程度としなければならないためその高度を維持するための高架橋や築堤の建設が必要となる。
よって工事の難易度は兎も角、芸予ルートは工費が拡大することから敬遠された。また、開通後の需要予測からも適当ではないと判断されていた。
「海軍省、鉄道省の共通見解としては四国に関しての鉄道および道路連絡は技術進展による長大トンネルもしくは長大橋梁の建造ハードルの低下が見込めるまでは研究に留めるべきと……なりますかな」
仙石は軍令部長鈴木貫太郎大将と平賀に視線を向ける。彼らも同じ見解であるようで頷いた。
「そうなると、貨車航送の出来る大型船が本四連絡の本命となりますか……。それに四国と違い九州は経済規模が格段に大きく、鉄道輸送の直結化による恩恵が大きい。関門海峡は技術難易度は相当に低く、架橋、トンネルともに遥かに容易でありますからな。優先すべきでしょう」
戸畑に地盤を持つ鮎川義介はここぞとばかりに主張する。
関門海峡というボトルネックが本州九州間の旅客、貨物輸送にとって大きな障害であり、実際に弾丸列車構想、改軌工事によって海峡連絡の輸送力は限界に来ていた。
「以前の検討資料では橋梁が複線で2500万円程度、トンネルは単線で700万円程度、複線だと1300万円程度だったか? 今だとどれくらいになる?」
東條英機大佐は自身のメモをめくりつつ最新の検討資料の見積もりを確認する。
「ええ……と……あった、あった、橋梁は鉄鋼需要の高騰で3000万円を超えておりますな、トンネルは複線で2000万程度……あとは諸費含めて……概ね、以前の見積もりの1000万円追加程度になるでしょうかね」
インフレと資材高騰を考えると妥当な数字だ。むしろ安いくらいかもしれない。以前と違い、工事が人力ではなく、機械を使ったものであり、また技術の進展を考えると推し進めるべきものだ。
「海軍さんが巡洋艦2隻我慢してくれると関門連絡による帝国の経済発展でお釣りがくるということですな」
堤康次郎はそう言って笑う。
「どうですかな、出光さん、今、増設中のお宅の徳山製油所……そこから大量のタンク車が関門トンネルを通って九州に送られるという夢、あなたの理想である”大地域小売業”に近づくのではありませんかな?」
「御国の役に立てるのであれば本望、そういうことであれば、是非協力したい。いや、協力させて欲しい」
出光佐三の目は光っていた。
今や油槽船を複数所有し、原油を買い付け、それを自前の製油所で精製、販売するに至っている出光商会だ。確実に少しずつではあるが、モータリゼーションは日本国内に浸透しつつある。そんな中で、海賊と呼ばれた男は次なる一手を打つべき時を見定めていた。
「関門トンネルが開通すれば、帝国の物流は明らかに変貌する。その時、座視していれば出光は何をしていたのかと笑われる。一出光のためというちっぽけなものではなく、国家と消費者のために尽くそうじゃないか。そのために出光にやれることはやろうじゃないか」
非財閥系の財界主要人物が集う有坂邸謀議においての青写真が描かれ、それを学者、経済紙、鉄道省官僚を動かす。それがために鉄道省内でもいつの間にか決定事項として体裁が整えられ、帝国議会や閣議に提出される。
また、官僚同士の横のつながりによって根回しも行われ、利権の調整が行われ、彼らの賛同を得たことで計画に邪魔が入ることはないというものである。これも東條人脈や鉄道省人脈、岸・佐藤人脈によりなせる業である。
後日、帝国議会は関門海峡トンネルの建設事業化を認め、補正予算が計上され、同時に海軍省から助成金が支給されることとなった。無論、海軍省からの便宜を図れと無言の圧力でもある。




