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退役軍人

皇紀2582年(1922年)5月31日 帝都東京


 6月5日に東條邸を訪ねた人物とは誰か……。


 それは時を遡ること5日前の5月31日の出来事を語らなければならない。


 5月28日の参謀本部での会議に出席していたとある参謀部員が陸軍大学校時代の恩師である井口省吾元陸軍大将の下を訪ねたのである。


 井口省吾、日露戦争時に満州軍総参謀長児玉源太郎大将の腹心として奉天会戦などの作戦指揮に携わった人物であり、同時に東條英機の父、東條英教の親友であった人物だ。


「よく来た、元気にやっておるようで何より」


「教官……いえ、閣下のお元気なお姿を見て安心致しました」


「このおいぼれの機嫌を取る必要などないぞ? 何か思うところがあって訪ねてきたのであろう、言ってみよ」


 井口は参謀本部員に本題に入るよう促した。


「実は……閣下の御耳に入れておきたい話がありまして……閣下は故東條英教閣下の御親友であったかと思いますが……」


「うむ、東條は私の親友であり、同志であったが、それがどうした? 長州閥のクズどもがまた何か蠢いているのか……全く、あやつらはいい加減くたばれば良いものを……」


「閣下、それは流石に不味いかと……」


「気にするな、このおいぼれは最早軍を離れた身だ」


 井口はカッカカと笑い飛ばした。


「それで、東條がどうした? 奴の倅が確か先頃ドイツから帰朝したと聞いたが、奴は元気にしておるのか?」


「はぁ、それがですね……その、御耳に入れたいのはその東條英機少佐のことでありまして……」


「あやつが何かしたのか?」


 井口は眉を顰めながら訪ねた。


 親友の息子であり、知らぬ仲でもない存在の話題に気が気でないようだ。


「悪い話ではありません。どちらかと言えば良い話題になるかと……。その東條少佐が先日の参謀本部での会議で軍の首脳を黙らせた挙句、会議を主導したのです……結果、シベリアへの増派が決定されました」


「何? 奴がそんなことをしたのか!」


 井口は驚いた。彼の中での記憶では、陸士時代の同期や1期上の先輩などと勉強会をし、それらの思想などに影響されているというものだった。


 それが、会議を主導するという、しかも陸軍首脳が口を挟めない状態にした……。


「彼は会議で発言を許されてから大演説をぶち、数十分にも渡って陸軍の現状を批判し、最期にはこのような状態で戦争など出来る筈がないとまで……」


「うっ……うぅむ……あれは以前からメモを取り、そのメモを整理して思考する癖があったが、それが陸軍首脳を黙らせるほどになっておったとはな……」


「ええ、ですので、参謀本部においても彼に一目置く者が出ている様です……ただ、御父君同様に敵を多く作ったようでもありましたが……」


 参謀本部員は苦笑しながらそう言った。


「血は争えぬか」


「その様で……」


「ふむ……貴様の話、この老い先短いおいぼれに良い楽しみをもたらしてくれた……感謝するぞ……おぁぉ、そうだ、この酒を土産に持って帰れ、なに、ちょっとした礼だ遠慮などするな」


「はっ、ありがたく頂戴致します……また何かあればお耳に入れますゆえ……」


「うむ。頼むぞ」


 参謀本部員は一礼すると辞去した。


――東條、貴様の倅は一皮剥けたようだぞ……そっちで見守ってやれよ……。

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