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ベルリン密談

皇紀2581年(1921年)10月20日 ドイツワイマール共和国 ベルリン


 ベルリンに駐在する東條の元に帝都からある客が訪れた。


「東條、久しいな。元気でやっておるようで何よりだ」


「岡村さんこそ、お元気なようで……此度は欧州視察旅行だそうですが、如何ですか」


「いや、それは表向きのことなのだ……実は……いや、ここではなんだ……ドイツは優秀な盗聴器を持っておるという、外で話をしようではないか」


「……承知しました……」


 彼の元を訪れたのは陸士16期岡村寧次少佐であった。1期上の先輩である彼の来訪の目的は一体何であるのか?


 二人は大使館を出てウンターデンリンデンへと足を向けた。かの地はベルリン最大の繁華街である。彼はベルリン駐在後に行きつけにした店に岡村を案内した。


 東條がウェイトレスに適当に注文すると岡村は周囲の様子を見計らって口を開いた。


「東條、貴様、欧州情勢をどう見る……そして帝国と陸軍の在り方について……」


 岡村の質問に東條は少し思案してから答えた。


「……一言でお答えしかねる内容ですな……」


「済まない。貴様の考えを順に話してみろ」


 岡村は糞真面目な表情で続きを促した。


「まずは彼我国力差を痛感しています……大戦景気で国力が伸びた我が帝国ですが、欧州列強……大英帝国、フランスの復興で市場を失い失速しているのは承知のはず……」


「そうだな……おかげで本国は恐慌の只中だ……」


「それもすべて、基礎工業、基礎技術が列強に追い付いていないからです……列強に追い付け追い越せでやってきた造船業ですらあのザマ……まして、欧州大戦で列強は次々と新兵器を繰り出して、そしてそれを後方から前線へ送り込み続けていました……それが民需転換した結果が此度の恐慌の原因でしょう」


「そうなのか?」


「それはそのまま、次の戦争でも同じことが……さらに大規模になって起こりましょう……そうですな……今の合衆国の生産力が20年後の大英帝国の……今の大英帝国の生産力がドイツのそれと同等になるでしょう……」


「それでは帝国はさらに置いていかれるではないか?」


「左様ですな……このまま、適切な政策を実施しなければ……陸軍中央が思想転換しなければ……それこそ、本土決戦すら起きかねないと考えるべきかと……」


「だが……」


 岡村は続けて言おうとしたが言うべき言葉が見当たらなかった。彼は史実においても終戦に至るまで支那大陸で軍の指揮を執り続けていた支那通ではあったが、欧米通ではなかった。ゆえに前世の記憶を有している東條の熱の籠った言葉には反論することが出来ないのである。


「岡村さん、今我らが出来ることは陸軍の改革です……そして、財界に働きかけて工業化と技術力の底上げをすることです……」


「ならば、東條、貴様は我々の意志に賛同してくれるな?薩長閥の排除、政治から統帥の独立、総動員体制確立……」


「岡村さん、実は私も同じことを考えていました……ですが、政治からの統帥の独立だけはなりません……」


 東條は岡村の提案に反論した。


 前世の東條は統帥の独立を勝ち取った。だが、それは後に彼自身を苦しめる結果となったのだ。統帥の独立とは結局は独断専行、軍部の暴走を招くだけで、国家という視点からは許容出来ない悪手だったのだ。


 結局、彼は自身が招いた失敗を乗り越えるために総理大臣、陸軍大臣、参謀総長、軍需大臣を兼任するという手段で戦争指導を行うしかなかった。それが一人の人間に巨大な権力集中をさせ、それがゆえに自身の閣僚の離反を招き、また重臣を敵に回し、倒閣工作、暗殺未遂という結果を招いたのである。


 だが、後にも先にも、東條以外にまともに戦争指導を行えた総理大臣はいなかった。なぜなら、統帥権干犯を乗り越えることが出来た最適解が東條幕府であったからだ。


「統帥の独立は……最終的には戦争指導、動員体制確立の足を引っ張ることとなります……」


「しかし、それでは陸軍の……」


「岡村さん、陸軍の利益の為に国を亡ぼすおつもりですか?それとも、陸軍あっての帝国だとでも?」


「わかった……それについては後日再検討しよう……」


「ご理解いただけて幸いです……」


「貴様の考えはわかった……賛同出来る部分があるのだ……永田、小畑に貴様も賛同していたと伝えよう……近々、バーデンバーデンで俺たちは会合を持つ、貴様も来い」


「統帥の独立について反対であることも伝えてください」


 岡村は頷くとともにぬるくなったビールを一気に煽った。東條も続いて煽り、その後は近況報告などに話題は移っていった。

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