ジュネーヴ会議、妥結
皇紀2587年9月25日
ジュネーヴ海軍軍縮会議は史実では8月中に決裂して流れたが、この世界では未だ継続協議となっている。
日本側の巡洋艦保有排水量15万トン+10万トン、アメリカ側の対日150%という主張が真っ向からぶつかり両者ともに一歩も譲らなかったのである。
両者の主張がぶつかる理由は先行して巡洋艦を大量建造しているイギリスよりも圧倒的に巡洋艦が少ない状態で基本合意の出来た15万トンを受け入れては巡洋艦戦力の均衡がとれないからである。
両国の対立は1ヶ月にも及ぶに至り、イギリス側全権ウィンストン・チャーチルは妥協案の提示を行うに至った。
「この一ケ月、日米の対立で交渉は暗礁に乗り上げておるのは周知の通りである。これには国際世論も辟易しており、両者和解を要求する声は日増しに高まっている。そこで一つの提案を行いたいと思う」
元はと言えばこのビヤ樽男の発言によって会議が空転し四分五裂したのだが、今は調停者面をしているのだから英国紳士は侮れない。
「どうだろう、日本側の要求を追加枠6万トンに引き下げ、アメリカ側については戦艦2隻の廃艦と引き換えに6万トンの枠を得るということではどうかね? 日本側は軍縮の本義を建造自粛という形で示したのだから多少のインセンティブを与えることは容認出来るものだろう。元々彼らが建造出来た分の補填はしてやるべきだ。だが、アメリカはどうだろうか? 先のワシントン会議でも駄々を捏ねて16インチ砲搭載戦艦をイギリス、日本よりも1隻多く保有している。ならば、日本を見習うのが筋だろう。これを最終案として検討したいと思うが、参加各国とも如何だろうか?」
フランス、イタリアともに賛意を示した。彼らにとっては日米対立で配分量が変わるわけでもないためどちらでもよかった。むしろ、決裂してくれた方が自由に出来る分、アメリカがごねることを期待しているところもあった。だが、それを表に出すほど愚かではない。
チャーチルは日本全権団を見やると大角岑生はこれに頷いてみせる。
「我が帝国は大英帝国の提案を妥当と認識する。各国がこれに同意するならば、我が帝国は追加枠10万トンに拘らず6万トンを受け入れる所存である。そうですな……現在建造中の特型駆逐艦も予定数の24隻が竣工した後は同規模の大型駆逐艦の建造を自粛致しましょう。これはフランスも同様に今後の大型駆逐艦起工を取りやめていただけるのであれば尚良いと思うが如何?」
大角の提案にフランス側も頷き応じた。
「日本側が自国に制限を課すというのであれば応じよう。イタリアも異存はあるまい?」
「うちは元々1000トン前後だからのぅ。フランスが自主規制するのであれば願ったりという話だの」
フランス、イタリアの同意を取り付ける。
「して、アメリカの判断は如何かな? そろそろ結果を出さねば貴国も自国の世論を抑えられぬのではあるまいか?」
アメリカ国内世論は二つに割れていた。そもそもモンロー主義が蔓延しているアメリカにとって自国に害がない限りは対岸の火事でしかない欧州の揉め事に首を突っ込むこと自体がタブーである。
だが、資本家、銀行家にとってはメイクマネーのまたとない機会が戦争であり、軍備拡張である。当然、軍備縮小には反対である。特に陸軍と違い、数年単位の事業であり、継続的な雇用が生まれ、消費を促す海軍のそれは彼らにとっては富の源泉である。
この相反する世論対立はここ1ヶ月で非常に大きくなっていた。それゆえに決裂にしろ妥結にしろ、アメリカ側はいい加減に結果を出さねばならなかった。旧式戦艦を廃棄して新型巡洋艦を得るか、それとも蹴って自由で束縛のない軍拡か。
アメリカ大統領にして全権代表であるカルバン・クーリッジは度々欧州と本国を行き来していたことで、本国の情勢とジュネーヴの代表団の温度感があまりに違い過ぎることに頭を抱えていたが、いい加減に決断をしなくてはならないところに来ていた。
「我が合衆国も海軍は不満があるようだが、大統領として国家を預かる者として会議の妥結を望む。ただし、条件を少し変えていただきたい。廃艦すべき戦艦は2隻のままでよいが、海軍のメンツを考えると16インチ砲搭載戦艦を1隻建造させていただきたい。そして、その代わり、追加枠は3万トンとしたいが異存はあるまいか?」
アメリカ側からの逆提案に驚きの声が上がったが、その程度であればと許容する声が上がった。
史実では流れた軍縮会議だったが、日英米のそれぞれの思惑と国情によってどんでん返しの連続によって妥結することとなったのだが、この結果は如何に影響するのであろうか?




