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総力戦

手首付近が肉離れしてそれどころじゃなかったです……。

腱鞘炎かドケルバン病かと思ったけれど、手首近くの筋肉が悲鳴を上げていたらしいです……。


もうね、物を掴むことが出来ないし、重いものを持てないし、手首を曲げると痛い。


やってらんねー。


やっと腫れが引いてきたけど、暫くは養生だね。

皇紀2582年(1922年)5月28日 帝都東京


「浦塩派遣軍の要求は度が過ぎている!鉄道連隊だけでなく鉄道省から出向させた軍属による補給路確保のための鉄道建設だけでも前代未聞であるというのに、有坂重工業からの無償貸与による新装備の制式化と改修……それへの弾薬の追加購入と前線への移送をさらに要求してくるとは……」


「いや、それだけではないぞ、昨日は内地の各連隊から機関銃中隊を根こそぎ寄越せと言ってきた。そして、三八式実包を追加で要求してきている……三八式実包は最早空だぞ!」


「立花も小野寺も磯村も何を考えているんだ!内地の部隊が開店休業状態になってしまうではないか!」


「まぁ、待て、先月のウスリースク市街地戦で新装備による戦果とその弾薬消費を考えてみろ」


「そうは言うが、たかだか2日だぞ?2日であの量を消費するなど常軌を逸しておるだろうが!」


「では、三八式歩兵銃であの戦果を生みだせるとでも貴官は申すのか?」


「そうは言っておらんだろう、小官が言っておるのはだな!」


 陸軍参謀本部では浦塩派遣軍からの補給要請によって地獄絵図が生み出されていた。


 浦塩派遣軍の度重なる増援ならぬ補給の要請に参謀本部は現地で一体何が起きているのか理解出来なくなっていた。


 常識的な思考を有する者は揃って浦塩派遣軍の首脳部はトチ狂ってしまったのかと言わんばかりの反応を示しているが、浦塩派遣軍からの報告で戦争の形態が変わったと気付いた者や欧州大戦の教訓で総力戦思想に憑りつかれた者は浦塩派遣軍の要求を適当なものだと判断していた。


 新旧の戦略、戦術、兵站の概念がこの会議でぶつかり合っていたのだ。


「発言の許可を願います」


 控えていたある佐官が発言許可を願った。


「貴様は?」


「はっ、東條英機少佐であります。先頃ドイツより帰朝致しました……浦塩派遣軍の要請について、外遊の成果から申し上げたく……」


「東條か……よし、貴様の思うところを言ってみぃ」


 東條の発言は許された。ここぞとばかりに東條は取っていたメモを元に自論を述べ始める。


「第8師団はウスリースクに立て籠もり、塹壕による縦深要塞を造り上げておりますが、これはまさに欧州大戦と同様のものでありますが、これを支えるのは兵站であります」


「それはわかっておる。第8師団の要求で鉄道を増設し、その鉄道を保持するべく第9師団が警備を行っておる。おかげでウラジオストクが手薄になっておるがな……」


「浦塩派遣軍の対応は非常に適格と存じます……しかし、確保している兵站を活かしているとは申せませぬ……1日物資が滞ってはその意味を成しませぬ……軍歌の日本陸軍の一節を思い出していただけますでしょうか……砲工歩騎の兵強く、連戦連捷せしことは、百難冒して輸送する、兵糧輜重のたまものぞ、忘るな一日遅れなば、一日たゆとう兵力を……と謳っております……」


「それがどうした!東條、貴様は愚弄しておるのか!」


「そうだ、そんなこと百も承知のことだ!」


 東條の言に高級幕僚が噛み付く。


 東條のトレードマークと言えば丸眼鏡、これが光った。


「では、連戦連敗していたのは何故でございます?」


「それは……」


 皆揃って黙りこくった。シベリア出兵で兵を失うも拠点を失うも尼港事件も、すべては兵站や後方をおろそかにした結果だ。


「全て、我が陸軍が兵站、輜重を軽視して低く見ていたことが原因ではありませんか。まして、十分な兵力を展開することもしていない……違いますか!」


 東條の追及にぐうの音も上げることが出来ない会議出席者。


「今や、浦塩派遣軍は新興企業である有坂重工業が直接ウラジオストクへ送り込む弾薬や各種物資によって支えられているのであります……これは栄えある帝国陸軍の恥そのものではないありませんか!」


「それだけではなく、その輸送も陸軍の傭船ではなく、有坂重工業の傭船という有様……これは、シベリア出兵が有坂重工業の戦争と成り果てているということではありませんか?」


 東條の独壇場だった。彼の言葉に口を挟める者は誰一人いなかった。


「これらの状況を政府が、帝国議会が知れば陸軍への怨嗟の声で国内は騒然とするでしょう、その様なことをここにお集まりのお歴々はお望みでありましょうや!」


「これは既に総力戦そのものであり、シベリアでの勝利を望まれるのであれば、陸軍の工廠、そして国内の銃火器製造企業は総力を挙げて三八式実包と三年式機関銃の量産を進めるべきでしょう……如何でありましょうか?」


 語り終えた東條は会議室を睥睨した。


「……東條……貴様のことをカミソリと誰かが言っておったが、本当のことだな……」


「総力戦……か……」


「日露戦争の旅順や奉天で戦ったアレすら及ばぬとは……」


「いや、日露戦争で消費した弾薬くらいはあっという間に消費するのが総力戦なのだな……」


 総力戦思想に憑りつかれた者もまだ理解が足りていなかったと思い至るほどの東條の演説であった。


「一企業でしかない有坂重工業の弾薬生産量に陸軍工廠が負けている時点で戦争など出来るものではないのです……我が国は総力戦を挑む資格すら持ち得ておらぬと理解していただきたい」


 東條は最期に止めを刺す言葉を口にした。

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