浦塩派遣軍
皇紀2582年5月25日 極東共和国 ウラジオストク
浦塩派遣軍は1ケ月前のウスリースク市街地戦の結果、ウスリースクを絶対防衛線と設定し、ここに野戦築城を開始した。
ウスリースク臨時要塞と仮称されるこの野戦築城は欧州大戦で観戦武官として派遣されていた士官を内地から招集、同時に内地から工兵を根こそぎ動員し突貫工事で築城されつつあった。
この時、工兵だけでなく鉄道連隊も動員、それだけでなく鉄道省から軍属として徴用しウスリースク-ウラジオストク-ナホトカの鉄道線路の増設を行っている。
この鉄道増設工事は第8師団長小野寺中将がウスリースク市街地戦の結果、自軍の弾薬欠乏という事態に陥ったことで大量輸送が可能である鉄道輸送に目を付け、同時にウスリースクを策源地とし、ここに物資集積を行うために強く要求した結果行われたものである。
当初、浦塩派遣軍首脳部は小野寺の主張をまともに相手にしなかったが、戦果確認と同時に消耗弾薬の報告が上がった時に試製新装備の威力とその過大な兵站に絶句し、新装備による籠城戦の絶大な効果を認識、それを支えるには兵站の強化しかないと結論に至った。
同時に新装備の問題点が実戦で明らかになり、現状のままの運用では弾薬消費だけでなく、装備の欠陥や要望が現場から山の様に第8師団司令部へ届いていたのである。
試製自動小銃については7.7mm試製実包では反動が大き過ぎ、威力十分であるが口径を小さくするか弱装弾の開発を要請されたのである。同時に、クリップが2つであるのに全弾使い切るまで次弾装填が出来ないという構造上の欠陥を指摘し、これを改善すればとても使い勝手が良いと要望が出ていた。
また、試製機関短銃も十分に実用の域であるが弾薬規格の標準化を望まれ、共通化が行えた場合は兵站の最適化が可能であると報告が上がったのである。
ウラジオストクの浦塩派遣軍司令部会議室では、派遣軍首脳と第8師団、第9師団首脳が揃い戦況分析や兵站状況について激論を繰り返していた。
この会議の最大の問題はやはり新装備についてのものだった。
「例の新装備だが、あれが全軍に行き渡れば恐らく戦力は2倍、3倍したも同然だが……如何せん、補給が問題なのではな……」
浦塩派遣軍司令官立花小一郎大将は腕を組みながら天を仰いでいた。
「しかし、先のウスリースクでは吶喊部隊が機関短銃を乱射しつつ敵背後から突入し恐慌状態に陥った敵に自動小銃を装備した部隊が着剣突撃を敢行、これによって敵を撃破するなど確たる戦果を挙げております」
小野寺は改めてその効果を強調した。
彼は新装備だけでなく通常装備も保有していたが、明らかに使い勝手が良く、その上威力も大きい新装備の補給を要求し続けていた。実際、彼はウスリースク臨時要塞では通常装備は本陣である駅周辺に保管し極力使わない最後の切り札として取ってある状態なのだ。
「だが、小野寺君、内地からの補給も君の要求の半分も届いていない。これではいつまでもウスリースクで籠城など出来ないと思うがな? それに、鉄道連隊や鉄道省を動員して増設した鉄道で第8師団には内地の他の師団や連隊から巻き上げた三八式実包を優先して送り届けているじゃないか、それで不足とは言わせぬぞ!」
立花は最初は落ち着いて相手していたが、優先的に弾薬を送っているのにまだ寄越せと言う小野寺に不満が爆発してしまった。
「立花閣下、落ち着いてください。小野寺閣下の言われることはもっともです。彼が求めているのは三八式実包ではなく、試製小銃実包なのですから……使わないものを送られても困るでしょうし、通常装備を使うということはその時点でウスリースク臨時要塞は陥落の危機ということですから……」
浦塩派遣軍参謀長磯村年少将は小野寺の肩を持ってそう言ったが、立花はそれで納得出来るものではなかった。
「参謀長、そう言うが、内地から無理を言って分捕ってきたのだぞ? 俺の立場だってある」
「では、閣下、第9師団の保有する三年式機関銃と機関銃中隊を全てウスリースク臨時要塞へ回していただきたい。これに三八式実包を充てれば新装備同様に敵を引き付け、掃滅してご覧に入れましょう」
小野寺は立花に提案するが、彼の提案はウラジオストクの防衛を手薄にするようなものである。
「そんなことを認めたらここウラジオストクの防衛が成り立たんではないか!」
「その通りです。敵を粉砕するには大量の弾薬で、敵に鉄の暴風をお見舞いするのが適切なのです……それには機関銃も弾薬もまだまだ不足しておるのです……また、榴弾砲などもあれば尚良いと思いますが……そこまでは流石に申しません」
「だが、それでは内地の弾薬が空になるではないか?」
「閣下、閣下は塹壕戦をご存じない?」
「タワケ!ワシも日露戦争を体験しておる!あぁ、わかった。貴様の望み通りに内地には追加の弾薬を送るように手配する。あと、内地の機関銃中隊も根こそぎ臨時編制で送れと打電する。それで貴様は満足か?」
立花はヤケクソ気味にそう言った。彼は彼でこのままで敵の浸透を許せばウラジオストクが陥落することを理解していた。敵は前線だけでなく、ここウラジオストクにも潜り込んでいる。成果を……帝国陸軍はこれ以上の敗退をするわけにはいかないと彼も自覚していたのだ。
「閣下のご理解、感謝致します……では、小官の要望が通りましたゆえ、ウスリースク臨時要塞へ戻り、敵との交戦に備えます」
小野寺はそう言うと会議室から退出した。
「小野寺の奴め……自分のオモチャを自慢しおって……アレが豊富にあれば、このワシとて、ここに留まっておるわけがなかろう!」
「閣下のお気持ちは理解出来ますが、如何せん、閣下の仰る通り、弾薬が未だ足りませぬ。また、攻勢に出るには2個師団では不可能です。ここは反転攻勢の機会を小野寺閣下が作り出すまでの辛抱です」
「わかっておるわ……」
立花は磯村にそう言うと黙って推移を見守っていた第9師団長松浦寛威中将に指示を出した。
「松浦、貴様は小野寺が敵に出血を強いることが出来るよう、鉄道の防衛を万全とするように……鉄道こそが第8師団の生命線ぞ!」
「承知致しております」
松浦の返答に満足した立花は会議室を退出、司令官室に向かい電話で内地に増援を要請したのであった。




