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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2587年(1927年)

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東方会議

皇紀2587年(1927年)6月27日 神奈川県 箱根


 史実戦後に箱根山戦争の舞台となった箱根。この世界では小田原急行が新宿-小田原間の開業をした時点で既に始まっていたのである。


 先に仕掛けたのは堤康次郎。大正年間に箱根土地という会社を設立。そこから怒涛の開発を推し進めていたのだ。別荘地の開発を鏑矢に、対立していた芦ノ湖の渡船事業を統合し、小田原からの登山鉄道と連動させることで箱根・芦ノ湖観光の雛形を造り上げたのである。


 また、堤は駿豆鉄道の買収を行い、その駿豆鉄道による自動車専用道路の建設を内務省に出願し、史実のよりも5年早く建設を開始するが、これには有坂重工業との提携による土木機械の投入という裏事情もあった。


 特に集中して開発されたのが小涌谷-早雲山-大涌谷-湖尻に至る自動車専用道路だった。小涌谷でケーブルカーを降りて徒歩にて湖尻に至る必要があったが、ここに自動車専用道路が建設されたことでバスによる連絡が可能となったのである。そして、この道路の完成とバスの運行が始まるのが7月1日である。


 それに先立ち、東條-有坂枢軸の面々と政府と関係各省の要人が極秘裏に箱根に集まったのであった。


 議題は支那諸問題への対応方針と基本的国策の確認である。


 ここに集まった人物を紹介しよう。


 内閣総理大臣 高橋是清

 外務省

  外務大臣 森恪

  奉天総領事 吉田茂

  駐支那公使 芳澤謙吉

  欧米局長 堀田正昭

  亜細亜局長 木村鋭市

  情報部長 小村欣一

 陸軍省

  関東軍司令官 武藤信義

  参謀本部第一部長 荒木貞夫

  参謀本部第二部長 松井石根

  整備局動員課長 永田鉄山

  兵器局器材課長 東條英機

 海軍省

  軍令部長 鈴木貫太郎

  軍令部次長 野村吉三郎

 商工省

  商務局長 吉野信次

  商務局課長 岸信介

 鉄道省

  鉄道大臣 仙石貢

 関東庁

  関東庁長官 児玉秀雄

 南満州鉄道

  次期社長 山本条太郎

 日産コンツェルン

  総帥 鮎川義介

 有坂コンツェルン

  総帥 有坂総一郎


 錚々たるメンバーが顔を出している。だが、よく見直してもらいたい。ここに集まるメンバーはこの世界の日本を主導する対立派閥のいずれかに属し、お互いにけん制し合っている存在である。


 東條-有坂枢軸に属する者、皇道派に属する者、革新官僚グループ(新統制派)に属する者……陸軍を中心に彼らは駆け引きを行うことは誰の眼にも明らかであった。

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