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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2586年(1926年)

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東洋のセシル・ローズ

皇紀2586年(1926年)10月10日 アメリカ領フィリピン マニラ


 裏で行われている駆け引きに非公式会議の誰も気付かないまま日欧と支那の代表者の間では熱い舌戦が繰り広げられていた。


「元はと言えば欧州勢力が我が国を阿片戦争以来半植民地として扱ってきたことが問題ではないか! それゆえに我々は自前で鉄道を敷設することも、産業を起こすことも阻まれてきた。違いますかな?」


 タングステン・ショックを引き起こした当事者として広州政府から派遣されてきた周恩来は、膠着し苛立ちで一触即発である場の空気を無視し静かに言う。


 彼の言葉で場の空気は凍り付く。


 この場にいる広州政府、南京国民党、北京北洋政府の代表団の誰もが思っていたが口にしなかった言葉を彼がこの緊迫した空気の中で発言するなど誰が考えたことであろうか。


「阿片戦争以来、いや、阿片戦争以前から欧米勢力は……茶葉の支払い対価として銀を出し惜しんであろうことか阿片を持ち込み、これを代価とするだけでなく、我が中華から銀をも持ち出していった。今は、どうだろうか? 工業品を持ち込み、産業発展を阻み、大量の銀や資源を奪われておるのではないのか? これが国家と国家の付き合いとして正常であるとここにいる方々はお思いか?」


 周の言葉は重かった。


 実際問題として、日本を含む列強各国ともに支那という地域を国家として対等に付き合おうなどとは考えていない。半植民地として、もしくは属国として、自勢力の傀儡として存在して、自分たちの製品を買うだけの存在であって欲しいと考えている。


 無論、国内に目を転じれば人道主義や民族自決主義などを唱える者はいるが、あくまで一部の理想的な主義主張であり、現実として大勢を占めるには至っていない。


 ただ、何事にも例外がある。そう、大日本帝国という国家だ。


 この国は不思議なもので、大アジア主義が知識階層に属する者に広く信仰されている。そう、信仰である。一種の宗教と考えるべきとすら思えるこれに知識層や知識層と関わりのある政治家や軍人が賛意を示しているのだ。


 これは無視することが出来ない勢力であり、実際に史実において、彼らの行動は成果を挙げている部分がある。もっとも、それがゆえに国策を誤る原因となった側面を否定できないのだが……。


 そして、この世界においても彼らは孫文らを支援し、辛亥革命の原動力となっていた。もっとも、彼らは孫文に利用されただけであり、理想が必ずしも美しい結果を齎すとは限らないと自身で証明しているのだが……。


「申し訳ないが、その考えには反対申し上げる。それを言っては、我が帝国も同じ条件であったが、どうだろうか? 我が帝国は、欧米の進んだ技術や文化を取り入れ、血肉となし、場合によっては市場を席巻し、逆に疎まれるに至っている。それは何故か? 教育と国策の違い、差ではないのかね? それを怠ったからこそ現在の支那の現状があるのではないのか?」


 日本政府代表団として送り出された森恪外務大臣は周の言葉に強烈な横槍を入れる。


 東洋のセシル・ローズと自称し、他者もそれを認める厳格な帝国主義者である彼は周の言葉を受け入れるわけにはならなかった。また、同時に自国の歴史と同じような道を歩みながら怠った存在を断じて許容など出来なかったのだ。無論、彼は支那を同格の存在とみなしていない。


 そして、史実において彼は田中義一内閣の事実上の外相として山東出兵、東方会議を主導している。同時に張作霖爆殺にも関係を取り沙汰されるほどの支那分割論者である。


 そんな彼が周の言葉やそれによる会議の主導など許すわけがない。


「ミスター・モリの仰る通りである。我が大英帝国は盟友、ジャパンと手を携え、また、時にあえて厳しく教えを授けてきたが、ジャパンはとても優秀な弟子であった。それを誇り思う。だが、チャイナは違う。明らかに劣っているにもかかわらず、自らを省みることなく尊大で、教えを受けるという気すらない。まして、自業自得である事柄さえも他者の責任とするなど言語道断。論点のすり替えでしかない」


 森の言葉を継ぐように大英帝国外務大臣オースティン・チェンバレンは言う。


 彼は英首相スタンリー・ボールドウィンから日本との関係を維持し、包囲網からの離脱を阻止しながら矢面に立たせて応分負担させるように指示を受けていたのだ。


 ゆえに日本側を称賛しつつ、思惑通りに当事者としての応分負担と自国への憎悪を分散させることに注力している。


 だが、彼も本心で日本と支那の違いは尤もだと思っているため、まるっきりおべっかではないのだが。


 結果として、周の発言は売り言葉に買い言葉となり、議長役のアメリカ側代表団から休会を提案され、会議は後日へ持ち越しとなった。


 仮にこれが厳格な帝国主義者である森ではなく、善隣外交の幣原喜重郎であったならば事態は史実と似たような方向に進んだだろう。そして、イギリスとの関係を悪化させるという結果とともに……。

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