大魔王降臨
皇紀2586年10月10日 アメリカ領フィリピン マニラ
ここで時系列は水平に移動する。
帝都東京において暑苦しいテツたちが技術革新という名の下に夢とロマンと実益を兼ねた野望に燃え上がっていた頃、フィリピン・マニラのサン・カルロホテルの特別室で白人の紳士と東洋人女性が面会していた。
「ミスター、この度は我が夫に手を差し伸べてくださりありがとうございます」
女性は流暢な英語で紳士に礼を述べる。
「なに、これくらいのことは大したことではない。我が祖父はチャイナにおいて財を成した。その縁もあって私はチャイナに親近感を抱いている。出来ることならば、もう少し手助けを出来たらと思っているが、所詮は弁護士でしかない私が手を回せる範囲にも限界があるのでね」
紳士は愛想笑いで返す。彼の名はフランクリン・デラノ・ルーズベルト。我が帝国にとって最大の敵にして、世界を破壊した悪の化身、大魔王ともいえる存在だ。
彼がここに出張ってきたのは理由がある。
元々、彼の母方の家系であるデラノ家は阿片戦争以来、支那の地で阿片を含んだ手広い貿易によって財を成した一族であり、それもあって彼は幼少より支那の文化に愛着を持ち、支那人への同情と友好的な感情を持っていたのだ。
だが……。
――所詮は傀儡として手駒に過ぎんわけだが、精々合衆国のために励んでもらわねばな。
友好的な表情をしながらも彼の瞳の奥は闇にも近い暗さが宿っていた。
「して、宋夫人。あなたの御主人は無茶をしてくれましたな。おかげで我が合衆国も大きく損失を出すことになりましたからな。当然、その補填はしてもらわねば合衆国市民は納得してくれませんぞ」
ルーズベルトは支援はするが、損失の補填を要求することを忘れない。いや、むしろこれこそが彼がここにいる理由だ。
彼は史実よりもビジネスには明るいようである。政治家として才覚は海軍次官の時にそれなりに示されてはいたが、政界を一時引退してからの彼はビジネスの才覚を示し始めていたのだ。それもあり、投資家、アナリスト的なことも行い、それゆえにビジネス界での人脈も広がっていたのだ。
今回のマニラにおける列強の秘密会合も彼が裏の仕掛人であり、支那大陸への進出を狙う米国財界の後押しもあって黒幕としての暗躍していたのだ。
「我が夫、蒋介石も少々計算違いをしていたようですわね。しかし、これで我が中国人民は欧州と日本を明確に敵視し、貴国こそ頼るべき相手と認識することでしょう。ドイツも所詮はイギリス同様に我が国に寄生する存在……であればこそあなた方の存在は大きくなりましょう」
宋夫人は目を細めつつルーズベルトを持ち上げるが、その真意は見せない。
彼女もまたアメリカを利用せんと考え、上手く立ち回り、援助を引き出し、日本と欧州勢力にぶつけ勢力を削ごうと画策しているのであった。
「では、お互いの目的のために杯を……」
「ええ……そう願いたいですわね」
彼らの表面上の利害の一致によって極東情勢はさらに混迷の度を深めるのである。




