テツたちの野望
皇紀2582年2月10日 関東州 大連
大連に訪れた有坂総一郎。彼はそのまま1ヶ月間、大連に居座り続けていた。彼の目的は島安次郎の斡旋で満鉄による地質調査の段取りを進めるためであった。
日露戦争によって日本が得た満州における権益はそのまま国策会社である南満州鉄道に集約された。主なものでは鞍山鉄山、撫順炭田、そして満鉄本線(後の連京線)と支線の安奉線である。
また、この頃になると満鉄の一部門である鞍山製鉄所も経営は難航しているが技術的な問題への手当てや設備の拡充による経営合理化と生産規模の拡大による経営安定の目処が付きつつある時期でもあった。
1月の有坂-島密談の直後、満鉄社長早川千吉郎が島とともに総一郎の滞在する大連ヤマトホテルへ訪れた。早川は元銀行家であり、島による周旋によって自ら動いたのであった。
三者会談の結果、満鉄沿線地域の地質調査を行い、当面の間は満鉄によってその情報は秘匿されることが決まった。既存の石炭、鉄鉱石などについては一定の公表をするが、石油資源など重要戦略資源については秘匿し、時機を見ての開発ということで彼らの見解は一致した。
目指すは遼河油田の発見である。場所は奉天、阜新、錦州を結んだ内側の地域。
史実において、阜新というかなりポイント的には良い場所をボーリング調査しておきながら付近の調査などが立ち消え、結局試掘成功という結果を活かすことが出来なかった。実に惜しいことをしているのだ。
そして、この日、全ての段取りが整い、調査を開始する段になったのだ。
「島さん、今後、満州で石油が産出されるようになれば、その多くは奉天から安奉線、鮮鉄を通り、釜山からタンカーに乗せ換え内地へ運ぶか、ここ大連を経由して内地に運ぶことになると思います」
「そうですね、そうなるとタンク車の新造が必要になりますし、それを長大編成で牽引する機関車も必要となると……」
「そうです。そこで、例の高速機関車と同時にミカイ形をより高速に運転可能にした新型貨物専用機を開発していただきたく……」
「それは……道理ですが、一度に二つの機関車の設計を進めるのは難しいのですが……」
「いえ、内地の8620形に対して9600形の様な兄弟機という形で、部品の共用と量産性を確保していただけるとよいのではと考えますが……」
総一郎の言葉に島は少し考えてから答えた。
「そうなると……軸配置が2D1のマウンテン形式が適当になるかと思いますが……これは本線以外での運用は難しいと……」
「本線……長春~大連ですか、奉天~釜山は……」
「鮮鉄は勾配が多いですし、曲線も多いですからね……1Eのデカポッド形式か1D2のバークシャー形式になるかと……」
「なるほど……では、高速運転に振り切る本線は2D1、牽引力と長時間加速に振り切る安奉線は1D2で使い分けるという形が理想的ということですね」
「ええ、もちろん、高速力を望む場合、軌道強化が必須ですから既存の軌道とは別に貨物専用線を新設して輸送力の強化を図る必要もありますね」
島はそう言うとあることに気付いた。
「有坂さん、まさか……」
「ええ、鮮鉄も満鉄と同じ機関車を用いるように周旋しようと考えています……同じ性能の機関車であればダイヤ作成上も有利でしょう?」
「ですが、鮮鉄は今は満鉄に経営委託されているが……いつ総督府直営になるかわからないですよ?」
史実であれば朝鮮総督府鉄道は皇紀2585年に経営委託が解除され総督府直営と戻っている。
「そうですね。ですが、車両の調達が満鉄基準、ダイヤ組成が満鉄と一体となってしまえばどうでしょうか?」
「ダイヤ組成は早々簡単に白紙改正出来るものではない……それも満鮮連絡という役割を考えれば……どちらかが必ず配慮したものになる……」
「ですので、極力早い段階で新型機関車が出揃って満鮮連絡を一体化し、共通仕様化出来れば鉄道輸送上大きなメリットを得ることが出来ます」
「確かに鉄道はスケールメリットが重要ですからな……わかりました……今年中に設計をまとめ、なんとか初号機製造にまでこぎつけましょう」
島はそう言うと技師たちとの打ち合わせに向かった。