訣別
皇紀2586年9月3日 帝都東京
東條英機大佐は発足したばかりの動員課、統制課について複雑な心境であった。
最近まで永田鉄山中佐の動きは目立ったものはなかったが、水面下で動き続け、史実通りに動員課、統制課を作り出し、それだけでなく後ろ盾を陸軍省外に用意していた。
東條の派閥は陸軍技術本部や憲兵隊が中核であり、同時に内務省とのつながりによって警察組織にまで影響が及んでいる。そして、それだけでなく、有坂総一郎を介して鉄道省や産業界とのつながりもあることで、政治的影響力は中央政界にも及んでいる。
これもあって岡村寧次中佐、土肥原賢二中佐、板垣征四郎中佐、陸士17期で同期である後宮淳中佐など後に戦時において戦地で、内地で軍政軍令において活躍する主要メンバーと交流があり、永田を抜いた統制派というべき状態が徐々にであるが形作られていた。
永田は東條の派閥とは別に陸軍内部での派閥構築を進め、腹心である池田純久、富永恭次、片倉衷、辻正信など若手将校を中心に固めているのであった。
まさに東條と永田の史実統制派の草刈り場となっているのであった。
「永田の奴め、動員課や統制課を自らの根城に派閥を伸張させる気か……」
東條は苦虫を噛み潰した様な表情で窓の外を見る。
窓の外には永田の派閥に与する若手将校が連れ立って歩いている。彼らは皆、永田が裏から手を回して引き抜いた人材である。中には陸大における東條の教え子もいる。
「永田を野放しにしては皇道派の連中より先にクーデターを起こしかねんな……アカや北一輝を始末して2・26の芽は摘んだが……あいつが代わりに決起しかねん不穏分子になるとは想定外だったな……」
東條は窓の外にいる若手将校の中に田中隆吉がいるのを見つけると苦笑した。
「この私や武藤章を追い詰めたアレが永田の腰巾着とは笑わせる」
確実に歴史は動き始めている。東條にとってそれを感じさせる瞬間だった。




