高規格ダメ人間製造工場
皇紀2586年8月7日 帝都東京
石原莞爾少佐は転生者として覚醒して以来、表立った行動は控えてきた。一部、独自行動をとったが、それも前世に愛した帝国陸軍のことを思い、航空戦力の拡充という目的のためのものであった。
もっとも、それが十全に機能しているかは、甚だ疑問であるが……。
彼の招いた旧リヒトホーフェン大隊一の優秀パイロットと呼び名高いエルンスト・ウーデットは、所沢陸軍飛行学校で特別講師として日々陸軍の若鷲たちの尻を叩いている。
確かに石原の目に狂いはなかった。しかし、彼にも想定外のことはある。
「石原少佐! 貴様の呼んだあのドイツ人、素行不良って度を超えているぞ! 本人だけなら兎も角、あの男を見習ってロクデナシになっていくパイロットが後絶たんではないか! なんとかせよ!」
ドイツから帰国後は陸軍大学校の教官として教鞭をふるっている石原の元に所沢から士官が派遣され、苦情申し立てをしてきたのである。
「このままでは我が帝国陸軍初の飛行隊は愚連隊になってしまいます……それもこれも、ウーデット氏の破天荒な振る舞いを空の男のあるべき姿だと訓練生が勘違いしているのが原因です。少佐殿、これが彼らのやらかした罪状の抜粋です……」
経理官と思われる士官から渡された書類を見るや石原は頭を抱えて唸る。
石原は陸軍省内で商社と伝手のある人物と接触し、ウーデットに秘書を付けさせたのであったが、その秘書は着任早々胃潰瘍になり退職、以後、ウーデットをコントロールする人物が居なくなっていたのである。
石原もそのことを知らず、同時に所沢のことは所沢の管轄であるため放置していたのだ。
結果、所沢陸軍飛行学校はあっという間に無法地帯と化し、酒や女にだらしないダメ人間の巣窟となってしまったのだ。だが、それだけならまだ更生させることで真人間に戻せただろうが、運の悪いことに、ウーデットには訓練官としての才があったため、彼ら訓練生はパイロットとしては極東無双といえるほどの技量を身に付けてしまっていたのだ。
「あの馬鹿、一芸馬鹿にもほどがある……」
有能なダメ人間というこの世で最も質の悪い存在の量産工場が所沢陸軍飛行学校という現実を突きつけられた石原はショックのあまり陸大の自身の講義を休講にしてしまったのであった……。




