口径統一
皇紀2586年5月16日 帝都東京
陸軍省の会議室において昨年より継続的に開催されている銃火器採用に関する会議がこの日も開かれている。主題は新型小銃の採用に関するものだ。
今までは主に兵器生産・調達・補給を司る者たちからの突き上げだったが、今回は彼らだけでなく参謀本部までもが要求を始めたのである。
「シベリア出兵の折、我が兵団が装備し敵を駆逐したる有坂重工業製の自動小銃は早急に正式採用すべきである。三八式歩兵銃も良い装備ではある。それは認める。特に命中精度は自動小銃よりも遥かに良い。だが、如何せん威力が足りぬ。それはシベリア出兵の記録で周知のとおりである。そして、時代は一発必中ではなく、如何に火力を集中するか、隙を与えぬかである! それを満たす兵器こそ有坂製の自動小銃ではないのか!」
参謀本部第一部長を務める荒木貞夫中将は畳みかける様に言う。
荒木はシベリア出兵の功によって一年早く中将昇任したばかりであり、意気込んでこの会議に乗り込んできたのである。
彼と技術本部、兵器局、兵器本廠は利害の一致を見て結託し、新兵器採用を渋る陸軍大臣宇垣一成大将を説得に掛かってきたのだ。
「荒木、貴様の言うことはわかるが、以前にも言った通り、先立つものがない。それでは制式化しても予算を組めず調達出来ぬ……」
宇垣は従来通りの回答をする。
だが、荒木にとっては想定済みである。しかし、彼には切り札があった。
「小畑! 大臣に支那情勢を説明せよ」
「はっ! では、ご説明させていただきます」
荒木の懐刀である小畑敏四郎中佐は会議室の黒板に支那大陸の地図を張り出し説明の準備をする。彼は参謀本部第一部作戦課長の任に就き、ここ暫くは蒋介石の動きを中心に分析を進めていたのである。
「現在、支那大陸は概ね三つの勢力に分裂しております……華北・満州を抑える北洋政府、華中の国民党、広州の蒋介石です。これは皆周知のことであると考えますので詳しくは省きますが、注目すべきは蒋介石の動きであると言えましょう」
小畑は黒板に張り出された地図の下側に位置する広州付近を指し示す。
「蒋介石の動きは昨年末より調査しておりますが、ここ数週間で活発化の一途を辿っております。北伐は間近に迫っているという兆候に違いありません」
小畑はそこまで言うと部下に命じ、蒋介石の戦力、軍閥の戦力、国民党の戦力をそれぞれ示した資料を配布させた。
そこには各勢力の使用している兵器とその概算値が示されていた。
「これを見ていただければわかると思いますが、蒋介石軍はドイツ製のGew88を主装備としており、Gew98も含まれていると報告されており、他の軍閥も同様の傾向があります。また、南京国民党はソ連製のM1891/10を中心に配備を進めていることがわかります」
Gew88と98はいずれも口径7.92mm、M1891/10は口径7.62mmであり、三八式歩兵銃では明らかに撃ち負けることがわかる。
「ここでは省いておりますが、軽機関銃も同様に7.92mmのものであり、土壁すらも打ち崩すと評価が出ております。この状況を考えますと、早急に口径7.7mmの自動小銃と軽機関銃の配備を行うべきであり、そのための補正予算確保も必須であると言わざるを得ません」
小畑は資料にある内容と北伐の予想を述べ席に着いた。
宇垣は小畑の説明によって眉間にしわを寄せながらも唸るだけで発言を控えている。彼も理解はしているが、軍縮という建前を考えると頷くのは難しかった。
「大臣、先年の5・30事件お忘れか? あれで我々列強が受けた被害は大きい。そして、再び起こると考えるべきだとは思いませんか? あの時は列強各国が協調して介入出来たからよかったものの、次は我が国単独で対処せねばならん可能性もある……それで今の装備で守り切れると思いか?」
荒木は小畑の言葉を継ぐように情勢の緊迫度を考える様に促す。
「荒木部長の仰る通りです。駐屯兵力は制限がある以上、火力を増強する以外に方策はありません! 大臣、再考願います!」
「参謀本部の言う通りではないか!」
「そうだ!」
「大臣閣下、新兵器採用による利益は装備調達費の低減にもつながります! 何卒!」
参謀本部組のごり押しの効果もあって兵器行政側も俄然押せ押せムードである。
彼らも出来る得る限り早期に口径・弾薬の統一を図り、同時に量産しやすく部品互換性のある兵器に切り替えたいのである。
「諸君らの言うことはわかった……よろしい。情勢を鑑み、有坂製の自動小銃を制式採用し、十一年式軽機の後継を早期実用化するように」
宇垣は遂に重い腰を上げ、口径統一と新型軽機関銃採用促進を命じたのである。




