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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2586年(1926年)

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200/910

死の商人たちの駆け引き

皇紀2586年(1926年)5月10日 ドイツ=ワイマール共和国 エッセン


「君が有坂君か……」


 元外交官であり、皇帝ヴィルヘルム2世によってクルップ家相続を命じられた初老の紳士がクルップ本社にて有坂総一郎を出迎える。


 紳士の名はグスタフ・クルップ。


 温和でありながらその瞳は何物にも屈せぬと物語る奥深さを感じさせる。それは若き日の外交官としての経験であろうか、それともクルップ家を相続し、欧州大戦において中央同盟諸国に兵器を供給し、死の商人を演じきった経験によるものであろうか。


「大日本帝国の代理人として参りました……」


「大日本帝国の代理人とは大層な肩書ではないか? 先日も君と似た様なことを言って我がクルップと英国のアームストロングを手玉に取っておった男が居たが……。だが、どうも君は彼とは違うようだな……」


 クルップが言うもう一人の代理人……それが海軍大臣大角岑生であるのは周知の通りである。


 大角はクルップから造船技術、特に溶接技術とその鋼材を手に入れようとしている。だが、彼も所詮は海軍軍務官僚であり技官ではない。その為、核心技術については手に入れることに難儀していた。彼は彼で時機を見誤っていた。


「それは海軍大臣の大角提督のことでしょうか?」


「あぁ、そうだよ。彼は溶接に適した鋼材、高張力鋼を望んではいるが、そんなもの我が社にはまだない。あったとして、軽々しく売ると思うかね? ヤーパンは先の戦争では敵国なのだぞ」


 クルップが言うことは筋が通っている。


 St52という高張力鋼はドイツが後に開発し、潜水艦建造などに用いた非常に優れた鋼材であるが、それは未だ発明されていない。史実ではこれが生産され始めるのは昭和5年(1930年)のことである。


 St52は開発から5年後の昭和10年(1935年)に南満州鉄道が特急あじあ用車両建造に際して利用し、その際に国内車両メーカーを招集、溶接技術指導を行っているが、何故かそれ以後この鋼材について名を聞くことはなくなり、再び目にするのは昭和18年(1943年)である。


 昭和18年(1943年)にU-511とともに訪日したドイツ技術陣によってSt52の製法と溶接材料を伝授されたことで実用化に達するが、時既に遅しである。


「そんな魅力的な高張力鋼があれば我らは我が祖国再建のために惜しみなく使うことだろう。それこそ、我がクルップの使命というものだ」


 クルップはそう言うと葉巻を吸う。


 確かにそれはそうだ。クルップの言う通り、他国に売るよりも真っ先に自国のために使う。それこそ正しいだろう。


「今、我が国は鉄道の統一化を進めておる。その第一弾として01形蒸気機関車の製造を行っておるのだ。それは我がクルップだけでなく、ヘンシェル、ボルジッヒなども参画しておる。これによって、我が国の鉄道網は再整備される。今は軌道が弱いこともありその性能は制限されておるが……いずれ130キロ運転すら可能だ」


 クルップは家業であり、祖業である鉄道車両事業に自信をもっているようだ。そして、前言にある通りに祖国再建に惜しみなくその持てる能力を注ぎ込んでいる。


「130キロですか。それは良い。我が帝国も近い将来、130キロ運転、いや200キロ運転すら実現出来るように国土改造を行っておりますから貴方の事業は正しいと断言出来ます……ただ、我々は少し迷走しておる部分があるのです」


 興味を引くように総一郎は言う。


 クルップ家は大砲王であるとともに鉄道王でもある。そのクルップ家を抱き込むには鉄道事業がやはり適当だろうと総一郎は考えている。


「我が鉄道省は近頃、アメリカから機関車を導入し、これを基に3気筒の新型機関車を設計するつもりですが、我々には3気筒の経験がない。だが、01形は我々も経験のある2気筒であるはず。ならば、我々が手本とすべきはドイツの、いや、先達たるクルップの機関車であろうと考えるのです」


 総一郎はそう言うとクルップの瞳を見つめる。


 総一郎は史実からこの01形の成功によってドイツの鉄道は飛躍的に成長し、電撃戦を支える兵站の屋台骨になることを。また、いずれ増産されるであろう戦時標準型機関車52形などを見越して技術的、設計的な面でドイツ流の技術を積極的に取り入れたいと考えていた。


 なぜなら、いずれ戦時になった際の機関車増産などには小資源国であるドイツ系技術、設計こそが日本には最適であるからだ。


 他の装備品に関しては適宜輸入と試験をすれば良く、特に何も考えずとも、戦後のC62形などに採用されている装備品をそのまま適用すれば良いと考えていた。


「有坂君……おだてても我がクルップはそうそう協力は出来ん。アメリカにでも頼めば良かろう? アメリカンロコモティブと貴国の鉄道省は仲が良かっただろう……我々は自国のことで忙しいのだ」


「では、こうしましょう……。我が社がクルップ社の、ドイツの隠れ蓑になり、兵器開発に便宜を図る。それも極上の実験場も用意しましょう。スウェーデンやソ連でコソコソするよりも儲けが大きいと思いますが……どうでしょうか?」

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