温泉という罠<2>
皇紀2586年5月6日 ドイツ=ワイマール共和国 バーデン・バーデン
有坂総一郎と結奈は駅からハイヤーで宿に向かう。途中、結奈は川沿いの遊歩道を見つけ、総一郎に散策したいと提案すると彼は笑って頷く。
宿に着くとフロントで受付をし、ボーイに荷物を預けると二人は市街へ再び歩き出す。
「結奈、いつもは腕なんか組まないのに今日はどうしたんだ?」
いつもと違う結奈の行動に驚きと隠せない表情の総一郎は恥ずかしそうにしながらも、彼女の好きにはさせていた。
だが、明らかに居心地が悪そうな感じではあった。いや、むず痒いというべきだろうか。
「いいじゃない。ここは日本じゃないのだから、これくらいしても誰も文句など言わないわ」
そういう問題なのだろうか……。総一郎は何とも言えない表情ではあるが、諦めそのまま好きにさせることとした。
しばらく歩き、程よい大きさの洋館に行きつく。
ここが二人の目指していた場所である。日本人的感覚では大正・昭和初期に建てられた銀行や海運会社みたいな感じの建物に見えるそれが公衆浴場である。
「ここが浴場なの?」
結奈も想像と違っていたことから不安になったが、小さな看板に公衆浴場である旨が記されているから間違いはなかった。
「間違いないみたいだ。入ろう」
総一郎は結奈を伴って受付で入浴料を支払い、先に進む。
「ここからは男女別になっているみたいだから、またあとでね」
「ええ、あとでここの待合室でね」
二人は別れてそれぞれのロッカールームへ進む。
ロッカールームで裸になると、ロッカーの鍵だけ持ち、先に進むように促される。
「タオルはないのか?」
総一郎は疑問に感じながらも促されたままロッカールームを出ると係員からタオルを渡されて安堵し、同時に渡された紙を見る。
「ローマ式の入浴方法を紹介してあるのか……って、ローマ式?」
事細かに入浴手順が書いてある。シャワーを浴びろ、低温サウナを何分、高温サウナを何分……。
「面倒なシステムだな……」
文句を言いながら進む。
「うわぁ……あつぅ……これは日本人には居心地が悪いわ……」
そう、居心地が悪いのは理由がある。
渡されたタオルは前を隠すものではなく、サウナの簀子に直接肌が付かないようにするタダの敷布でしかないからだ。そう、もろだし状態で老若の男たちが陳列されている状態だ。
「さっさと次に行こう……」
恥ずかしさからいたたまれず総一郎は退散を決意する。
そして次の高温サウナも同様であり、通過。
「えっ? タオルを返却しろ?」
総一郎は言っている意味が分からなかった。だが、係員は有無を言わせずタオルを没収し、次へ進むように促すだけだった。郷に入れば郷に従えである。
とぼとぼと次の部屋に進んだ総一郎。この部屋はミストサウナであるようでよく見えない。
だが、次の瞬間、衝撃のあまり機能停止するのであった……。
「!?」
彼は言葉が出なかった。そこに居たのは全裸の金髪美女を含む老若男女だった。当然、タオルなど持っていない。
衝撃で機能停止している総一郎は肩を叩かれたことで再起動したのであった。
「旦那様……」
「結奈?」
お互いに恥ずかしそうに目のやり場に困りながら会話をする二人。
「結奈、ここから先は混浴であるみたいだね……」
「そうみたいね……とんでもないところに来てしまったわね……」
「とりあえず、浴槽に浸かってしまおう……いたたまれないから……」
「ええ……」
想像のはるかに斜め上の入浴システムに二人は入浴を楽しむという余裕すらなくなり、無言の混浴の後にささっと切り上げて浴場を後にするのであった。




