対支那経済支配戦略構想<6>
皇紀2586年1月5日 帝都東京 有坂邸
東條英機と有坂総一郎の会談は微妙に平行線を辿っている。
北支経済の完全な征服による北支を第二満州国として分離させ、満州同様に日本の経済ブロックへ組み込むことを狙う総一郎、その意図を理解しつつも史実における北支の占領行政の失敗を体験し手を焼いた立場の東條では温度差が否めなかった。
北支経済は黄河以北に広がる平原で栽培される綿花、山西省に点在する石炭及び金属鉱物資源をもって構成される。そして経済の中心は北京とその外港であり外国貿易の地でもある天津だ。
この地を治めるのは華北のいくつかの軍閥と満州軍閥であり、結局は軍閥の連合政権でしかなく、それもまた離合集散を繰り返し、政策の一貫性はない。
ゆえに高いポテンシャルを秘めているにもかかわらずその発展は外国資本が入っている鉄道沿線や港湾都市周辺のみである。
だが、史実の戦後において華北平原、渤海には油田が発見され、勝利油田と名付けられ共産中国の経済成長を支えることとなる。つまり、この地を抑えることは列強による経済封鎖が行われたときに帝国経済を存続させる生命線であるのだ。
それを知っているがゆえに総一郎は史実における北支分離をなんとしても実行せんと企んでいるのである。
「有坂よ……北支経済を破綻……いや、正確には北支の二次産業の成長の芽を摘み取って、一次産業中心にさせることは良い……理解出来る。連中に日本製品を押し付け、買わせて、富を吸い取るのもわかる。だが、その原資がいずれにしても不足するだろう……それが鮮銀だろうが、前世の連銀であろうがな。つまり、前世と同じ結果になると思うぞ」
連銀……史実の帝国は汪兆銘政権による占領地統治に中国連合準備銀行を設立してこれに中央銀行としての機能を担わせた。が、重慶政府の通貨価値維持政策や日本側・汪兆銘政権側への信用度によって想定していたほどの効果を出すことが出来なかったのである。
「資本力という点でも確かに疑問符が付くのは理解出来ます……が、それでもやるべきなのです。が、その原資はやはり現銀が良いでしょう。彼らは紙幣を信用しないでしょうから、現銀による裏付けがある銀本位制で通貨価値を維持することが必須。その後、通貨管理制度へ移行する」
「であれば、尚更現銀が不足するではないか?」
東條は不満そうであった。総一郎の言うことは筋が通ってはいるが、危うい橋を渡ることになると彼の頭の中で警鐘が鳴り響ていたからだ。
「現銀は……あります。ここにね」
総一郎はテーブルに広げられている支那大陸の地図のある地点を指差した。
「ここ天津にはとある高貴な方々が居ます。東條さんもよくご存じの方ですよ。そして、その方々は大量の金銀を有している。一部の方は我が国に友好的であり、協力的ですからね。その人脈と彼らに需要がある品物……」
東條は総一郎の意図を理解した。
かつて自分たちがやったことを前倒しで、しかも、前世以上に徹底的にやるつもりだと……。
「彼らの好物はこの世界でも変わらんでしょう。阿片です。そして、彼らには前世同様に我々の傀儡として働いてもらいますよ」




