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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2585年(1925年)

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士族の商法ならぬ陸軍の商法

皇紀2585年(1925年)10月1日 帝都東京


 大角岑生中将が海軍大臣に就任したこの日、陸軍省では銃火器の口径統一に関する会議が行われていた。


 シベリア出兵以来、制式装備ではないが増備が続いていた有坂重工業の試製自動小銃は改良を重ねながらであるが、近衛師団、関東軍、浦塩派遣軍改めシベリア方面軍を中心に配備が行われ、従来の三八式歩兵銃は内地各連隊に再支給される形となっていた。


 この結果、関東軍、シベリア方面軍は実包が二種類配備という形となり補給上の問題を抱えることとなったのだ。自動小銃用の仮称有坂実包は7.7mmを使用しているが、十一年式軽機関銃は6.5mmの三八式実包であり弾薬の統一が出来ておらず、互換性がないことから運用上の懸念があったのだ。


 だが、陸軍はこれを理解しつつも見ないふりをして最前線部隊への試製自動小銃配備を優先し、歩兵火力の充実を図ったのである。


「満州情勢は緊迫の度を深めている。張作霖がいつ動くかわからぬ現状で、兵站は兎も角、互換性のない弾薬補給環境では満足に戦うことが出来ぬ」


 関東軍司令部は陸軍省にこのように電報を何度も打っていた。


 関東軍が補給上の懸念を示し、同時に満州情勢、北支情勢の緊迫感を訴えるのには理由があった。


「春先に孫文が死んで以来、国共合作の崩壊は今日か明日かという状況だ。張作霖とてこの機を逃すことはないだろう。場合によっては共産党とその手先が先手を打つことすらあり得る」


 また、同様に天津に駐屯する支那駐屯軍も関東軍同様に事態切迫を理由に増派を要請していた。支那駐屯軍は従来の装備であるため補給上の問題はないが、その実態は軍とは名ばかりで、実質旅団編制であるため、防備にはいささかの不安があったのだ。


 このため、これら最前線に位置する部隊からの装備改変と補給上の問題解決の要求は日増しに強まっていた。


「だから言っただろう、さっさと銃火器の口径統一を図るべきだと!」


 兵器局長大橋顧四郎少将は声を荒げ主張する。


 彼はシベリアでの試製自動小銃の威力を目の当たりにして、特にこれの制式化と配備推進を強行に訴えていた。


「兵器局長の言う通りだ。シベリア出兵以来の問題を先送りした結果がこれだ。設計は出来ているんだ、早急に制式化、量産をすべきなんだ」


 兵器本廠長近藤兵三郎少将もまた大橋に同意し制式・量産化を要求する。


「有坂重工業や他の銃砲メーカーもいつ量産化するのかと矢の催促だ。納品している彼らこそ口径統一の最大の効果を知っているわけだから我々兵器行政を預かる者として速やかなる口径統一を要求する」


 技術本部長鈴木孝雄中将は再先任という形で居並ぶ陸軍高官を威圧するように言った。


 彼ら兵器行政を担う者たちは有坂総一郎からの矢の催促を受け、肩身が狭い思いをしていたのだ。軍縮のあおりを受け、口径統一が遅れたことで総一郎や東條英機大佐の思惑通りに事が進んでいない苛立ちを八つ当たりされているのだ。


 だが、八つ当たりだと思っても、総一郎たちの言っていることは正論であり、同時に自分たちも良く理解しているだけに反発も出来ず、同時に陸軍に便宜を図る有坂重工業を蔑ろにも出来ず鬱屈とした日々を過ごしていた彼らはここぞとばかりに制式・量産化を要求し出したのである。


「お前さん方はそう言うが、どこにそのカネがある?」


 それまで黙って聞いていた陸軍大臣宇垣一成大将は低い声でそう尋ねた。


 宇垣の言葉に3人の兵器行政担当者は押し黙る。


「改めて聞こう……そのカネはどこから出すんだい? 我が陸軍は軍縮によってやっと自動小銃の配備や火砲の配備を行えているのは君らもよぉーく理解しておると思うのだ……それで、どこにそのカネがあるんだい?」


 宇垣はその場にいる全員に陸軍の財政状態を誰もが理解出来る形で言うとタバコを吸い、続けて言った。


「まぁ、君らの言うことも良くわかる。確かに大陸は緊迫した情勢だ。下手したら飛び火することもあり得るだろう。それはよく研究して対応すべきものだ。うん。だが、今、我々に出来るのは、やりくりして装備を末端まで揃えることだ。それはシベリア出兵の時でもなんとかしたのだから、今度も出来ないというわけではないだろう?」


 宇垣の言葉は前例から導かれたものだった。確かに陸軍はシベリアでバラバラの装備をやりくりしながらなんとか戦い抜いた。それに比べれば確かに容易とは言えなくても何とかすることは可能だろう。


「最悪、内地を空にしても弾薬装備を送ることは出来よう……いや、そうすることで何とかしのぐしかないと言わざるを得ない……」


 会議室の空気は宇垣の言葉によって暗いものになっていた。それが帝国の実力だと否が応でも理解するしかなかったからだ。


「まぁ、だからと言って、一言で無理だと言うのであれば誰にでも出来ることだ。何もしないのだからな。では、どうやって口径統一するかだ……それを考えて欲しい。海軍は軍縮ついでに軍艦を売ってカネに換えると言っていたからな。我々も出来ることをしようじゃないか」


 宇垣の言葉に居並ぶ高官たちの脳裏に浮かんだ言葉は「士族の商法」だった。同時に何とも言えない渋い顔をする彼らに光明はあるのだろうか。

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