表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2585年(1925年)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

164/910

偽装国家ニッポン

皇紀2585年(1925年)9月5日 帝都東京 総理官邸


 海軍三長官会議による政府案に対する返答を携えた海軍次官大角岑生中将と軍令部長鈴木貫太郎大将が総理官邸を訪れたのは月が変わってからのことであった。


 三長官会議によって軍縮路線の履行と将来を見越した建艦準備が事実上決定され、それを大角は省内で説いて回り、海軍の重鎮である東郷平八郎元帥大将や前総理山本権兵衛など主だった人物に趣旨を説明しこれに同意させ、「大角の方針に従うよう」と記された重鎮の書面を集め、これを盾に艦隊派の切り崩しを行ったのである。


 艦隊派の領袖であり、真の黒幕と目されていた末次信正少将は激しく抵抗を示したが、大角は彼の言い分を聞いた上でこう言った。


「末次君、君の言うことは尤もだ。戦艦の次は潜水艦が標的になるかもしれない。特に潜水艦の建造期間は長い。だが、な。よく考えてみたまえよ。君の潜水艦運用戦術だが、一戦域で複数の潜水艦を利用した所謂群狼戦術だ。つまり、数が必要ということになる」


「左様です。次官の仰る通り、数が必要。であるならば、軍縮条約での枷を嵌められては、折角の必殺戦術を活かすことが出来なくなります」


「そうだね、では、その数が揃った潜水艦が今あっても、補充はどうするね? 海大型は建造開始から就役まで2年半掛かる。しかも、駆逐艦を建造するよりも遥かに建造費は高い。それでいざ戦時になったら、敵駆逐艦に撃沈されることは必至だろう。そうなると、補充が追いつかないことは自明だ? 違うか?」


 大角は末次の言い分を認めつつ、彼の論拠である数の優勢という砂上の楼閣を指摘する。


「開戦から半年で仮に3割の潜水艦が沈んだとしよう、1年後には半数は沈むだろうな。つまり、次に潜水艦が就役する頃には全数が沈んでいる可能性もあるわけだ。それでは、野球で言えば1回表から3回表まで得点を得ても、その裏で点を取り返されて4回には逆転されて、こちらは以後得点を挙げられない……それと同じことだと思わないか?」


 末次は黙り込む。彼も潜水艦理論の提唱者であり、特性を理解している人間だ。潜水艦の弱点欠点を他人よりよく知っている。


「ですが、次官、いずれ工期の短縮や簡易工法などが確立され建造から就役までの期間は短縮出来る筈……」


「あぁ、そうだね。今、極秘裏に短期間で建造出来る潜水艦の研究をさせているが、それとて設計と実際の建造までそれなりの時間が掛かる。だが、それそのものは大事なことではない。1隻当たりの工期が減っても数ヶ月程度だ。だが、今、造船施設の拡充をやっておけば、船台にダース単位で並べられた潜水艦を同時並行で建造し、週単位、月単位で就役させることすら可能になる……それこそ、君の理論を太平洋、インド洋全域で実施することが可能になる数を産み出せると思うがね?」


「次官はそれが可能だと?」


「可能にするために、君らの説得を私が今しているのだが? どうだね、応じてはくれないか?」


「改めて返事をさせてください……すぐには返答出来かねます」


「構わん」


 事実上の言質を取ることに成功した大角は末次が翻意する前に外堀を埋めるため同様に艦隊派の領袖である加藤寛治大将の下に出向き、「末次は同意したので現在抵抗されているのは閣下のみ。今後、不用意なことを申されるのであれば、予備役リストへの検討も……」と脅し、これの同意を取り付けたのである。


 海軍省内での顛末は直ちに軍令部の鈴木へ伝えられ、鈴木と予定を合わせて官邸を訪れることとなったのである。


 そして、再び総理官邸へと時系列は戻る。


「総理、海軍からの正式な返答をさせていただきます」


「お聞きしましょう」


 総理大臣加藤高明は緊張した面持ちで大角の言葉を待った。


 この数日、加藤は海軍省内の動きが慌ただしく次官である大角が決裁書類の一つも持ってこなかったことにやきもきしていたのである。海軍大臣事務管理である以上、事務仕事をしなければならないが、それを取り次いでくれる次官の大角が顔を出さないのだから何がどうなっているか把握の仕様が出来なかったのである。


「結論から申しますと、海軍は今後、政府、内閣へ協力することをお伝えします。同時に海軍大臣についても後日改めて推挙させていただくこととなりました」


「おぉ、そうか! ありがとう!」


 加藤の表情は明るいものとなった。ここ数日ではもっとも晴れ晴れたとしたものだった。


「さて、先日、総理から提案がありました巡洋艦の追加建造ですが、その必要はないと海軍において結論が出ました。ただ、いくつか要望があります」


「どういったことでしょう?」


「建造予算をそのまま造船施設の拡充に転用し、将来の建艦に寄与させるべしと結論に至りました。これは鈴木部長、岡田長官の同意も得ている海軍三長官会議の結論であります」


 加藤は驚きの表情で固まった。


 固まらざるを得なかった。海軍が巡洋艦は要らぬと言ったばかりか、その予算で造船施設の拡充、インフラ強化に充てると言ったからだ。


 鉄道省主導による列島改造論で貨物輸送に大きな成果が上がりつつある現状で、鉄道輸送と同様に大量輸送手段である船舶においても同様に革新が行われるのであれば帝国の国力に寄与すること大だからである。


 しかも、これは国際的にもイメージアップにつながる。


 海軍が自発的にインフラ整備のために予算を提供したという形で広報すればしてもいない軍縮をしているかのような偽装が可能だからである。


「大角さん、それを海軍省からの自発的意思による軍縮という形で広報していただけませんか……英米向けには大いに好影響となりますから」


「なるほど、では、その辺りをうまく数字を操作してあたかも当初予算から存在したかのように偽装して発表させていただきましょう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ