海軍三長官会議
皇紀2585年8月30日 帝都東京 海軍省
総理官邸を海軍次官大角岑生中将が訪問してから二日。海軍次官、軍令部長、連合艦隊司令長官の海軍三長官がこの日海軍省に顔を揃えた。
呼び出したのは海軍大臣不在の次席責任者である海軍次官大角である。軍令部長鈴木貫太郎大将は在京であるため問題がなかったが、連合艦隊司令長官岡田啓介大将は旗艦長門に座上し柱島泊地に錨泊していたことから広島から夜行急行列車でこの日の朝、帝都に到着したばかりである。東京駅に併設されている東京ステーションホテルで身支度を整えて登庁した岡田が最後に顔を出したのは言うまでもない。
「さて、両大将、お忙しいところを呼び立てて申し訳ありません。岡田大将には遠路御足労願い、申し訳ありません。海軍大臣不在の異常時であるため、不肖この身が代理として三長官会議を参集致しました」
大角は全員が揃ったところで挨拶をする。
「大角君、大臣不在の中、よく省内をまとめてくれていると思う」
「ありがとうございます……さて、本日の議題ですが……」
大角は鈴木の労いに応え、先を促そうとしたが……。
「総理から詫びが入ったとは聞いたが、その手土産が菓子折りどころじゃなかったそうだね?」
上機嫌の岡田に口を挟まれてしまう。
召喚する際の電話口で聞いた内容で岡田も気を良くしていた。現場を指揮する立場としては歓迎すべきものだったからだ。
「はい、ですが、これは流石に軍縮条約に抵触する恐れ大であります。そこで、政府の申し出を金額ベースで受け入れようと考えております」
大角は問題点と対応の要点だけを口にする。
前弩級戦艦4隻を廃艦にし、その代わりに4隻の新型巡洋艦を海軍が手にすることになると差し引きゼロであり、実質的に戦力化を考慮すればプラスとなることは誰の目にも明らかである。
「確かに、4隻減って4隻増えたら軍縮でも何でもないからのぅ」
鈴木は大角に同意する。
「だが、それでは艦隊派が納得せんであろう?」
艦隊派も頑迷に軍縮反対を叫んでいるわけではない。理論的に対米7割でやっと対抗出来ることは条約派ですら認めるところであり、本心では条約派も実質的には艦隊派と同じだ。
条約派が対米7割を捨てて妥協を選んだのは、表面的な和平ではなく、軍縮条約でアメリカの海軍力を制限しコントロール出来るからだ。両派の違いはそこにある。
「いえ、前弩級戦艦4隻減っても短期間で新型巡洋艦をダース単位で建造出来るとしたらどうでしょうか?」
「それは!」
「まさか!」
鈴木と岡田は大角の真意に気付いた。
「追加建造分の金額ベースでの受け取りと言ったのはそこにあります。海軍工廠ではなく、民間企業でも構いません。造船所を、量産体制を考える限り船台方式が適当でしょう。船台が6で船渠が4でも構いませんが……。兎に角、造船施設の拡充を行うのです。民間企業であれば補助金を出して海軍の統制下に置けばよいのです」
大角の構想はこうである。
巡洋艦4隻建造分の予算およそ1億2000万円を海軍工廠の強化増強、民間造船施設の拡張と新設に転用し、「今日手に入る4隻ではなく、明日手に入るダース単位」に発想の転換をしたのである。
実際問題として、八八艦隊の瓦解があったとは言っても、帝国の造船施設は海軍工廠、民間を含めても手一杯状態なのは変わらない。変わったのはスケジュールであって、建造可能数は八八艦隊が瓦解してもしなくても変わらないのだ。
だが、今、4隻建造を諦めてしまえば、その余った予算で造船施設の拡充を行うことが出来、場合によっては海軍専用の製鉄所すら構築が可能となる。
将来への投資によって実利を得ようというものである。
「なるほど、考えたな。確かにこれなら艦隊派も抑えられる」
鈴木は大きくうなずき賛意を表明した。
「だが、艦隊派の領袖はそれで納得するかね?」
「山本権兵衛大将を通じて艦隊派を懐柔する予定です……既に閣下が東郷元帥と接触されておるようです」
大角の艦隊派工作に岡田も納得し頷いた。
「では、総理には予算だけ受け取る。使い道は軍艦以外で国防に役立つようにすると伝えます」




