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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2585年(1925年)

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策士ヤジ将軍

皇紀2585年(1925年)8月21日 帝都東京


 前日の帝国議会が海軍大臣財部彪の辞意表明によって議場騒然に至り休会となり、一夜明けたこの日、改めて統帥権問題と加藤声明についての審議が行われる。


 休会となってから財部のもとに総理大臣加藤高明や陸軍大臣宇垣一成が訪れ辞意撤回を求め再考を促すが、財部は帷幄上奏による辞表提出の時期を遅らせると譲歩するにとどめ、辞意撤回まで確約させるには至らなかった。


「そもそもが総理の軽はずみな英米へのリップサービスが元で斯様な政局となっておるのです。身内贔屓で幣原君を側に置きたいのはわからんでもないが、現下の問題はその身内への甘さが招いておるのです。私への謝罪や再考工作ではなく、外相の更迭や現実的な外交をやることこそが、私の望みです」


 財部は加藤にそう伝えると宇垣に向かってもう一言添えた。


「恐らく、この機に乗じる輩が陸軍にも出てくるだろう。宇垣さんも統帥権干犯を言い出す輩には強く警戒をしていただきたい。折角の軍縮を台無しにされては我が海軍が対米7割を諦めた意味がない。そして、表向きは我が海軍の臥薪嘗胆であるが、アメリカの無限の海軍拡張を抑え込んでいる軍縮こそが日米和平に貢献しておるのだと正しく認識して欲しい」


 宇垣は財部の軍縮への見解に驚きを見せた。


 帝国海軍の膨張を阻止せんがために英米が談合をした結果の軍縮だったが、財部と亡き加藤友三郎は逆に英米膨張を阻止するため枷として見ていたのだ。


「であればこそ、財部さん、あなたがお辞めになるのは不味いだろう。誰が海軍の手綱を……」


 宇垣はだからこそ留任すべきと続けようとしたが財部がその先を言うなとばかりに無言で宇垣を制した。


「後任を出さないと言ったが、人選はしてある。山梨勝之進中将だ。先日中将に昇任したばかりだが、彼を充てたい。彼は先の軍縮条約の随行員でもあったし、軍政家としても非常に有望だ……今は横須賀工廠長だ」


 財部の意志が固いことを再度認識させられた二人は黙って財部邸から引き揚げたのであった。



 それはさておき、議会の話題に戻る。


 前日同様、野党政友本党総裁の鳩山一郎はこの日も代表質問に立ち加藤を攻めている。


「昨日は財部海相の辞意表明で有耶無耶になってしまいましたが、本日も引き続き内閣の総理の政権運営について質して参りたいと思います、宜しくお願い致します」


 鳩山は質問人席から一礼すると前日は政権側の席にいなかった人物に目が留まった。


 ヤジ将軍と言われた鳩山にとっては仇敵ともいえる存在、三木武吉である。


 鳩山と三木はこの当時は所属政党が違うことから敵同士であったが、史実では後に「鳩山首相、三木議長」の盟約を結び接近協力していくのだが、この世界ではどうであろうか?


「さて、昨日、編成権は政府に委託されていると総理は答弁されましたが、これで間違いありませんね」


「総理大臣加藤高明君」


 議長は鳩山からの意を受け加藤を指名する。


「左様に政府は考えております。また、歴代内閣に置きましても同様に運用されておりまして、現在に至るまで軍部からも不満を聞いたことは一度もありません」


「はい、結構です。ですが、現在、海軍若手将校、軍縮反対派を中心に編成権は統帥権に属する軍部の専権事項であると主張されております……」


 鳩山が続けようとしたその時ヤジが飛ぶ。


「アホウドリには口二つ! 頭の後ろの口で扇動して、前の口で糾弾!」


「静粛に! 三木武吉君、静粛に願います!」


 政府側席からのヤジに議長はすかさず警告を発する。


「議長、緊急動議を提出します!」


「……三木武吉君」


 ヤジを注意された直後に緊急動議を出す三木に議長はやや呆れたが規則は規則。議長としての仕事はしないといけない。


「さて、この神聖なる議会に存在してはならない人物が混ざっております。その人物をここから退出させるべきであると考えます」


「三木君、一体何を君は言っているのだ? ここにいるのは皆、議員や内閣閣僚などであるから誰一人存在してはいけない人間はおらんぞ?」


 議長は三木の発言の真意を理解出来なかった。


 三木は議長の言葉を無視してある人物を指差す。


「この神聖であるべき議場の、しかも国民を代表して質問をするべき者がいるべき場所に、あたかも国民の代表であるが如き態度で、傲然と着席しているのは何者か。そのような者が着席している間は、審議を進めるわけには参らぬ。ただちに議場から追放すべきである。しこうして、まず、その議席におる、何物かわからないものより去れ!」


「何者かわからぬものとは何事か!」


「貴様、ふざけておるのか!」


 指差された人物。それは鳩山であり、犬養毅であった。彼らは激昂しなおも続けた。


「三木君には、この鳩山が何者かわからぬのか! 私が鳩山であるとわからぬというのは、三木君一人だ。気が狂ったのではないか!」


「左様、鳩山君同様、この私を犬養と理解出来ぬのは、三木君、君だけだ!」


 そこで三木は口端を吊り上げると同時に言い放つ。


「気が狂ったとは、なにごとか! ここにおる以上は当然、議員もしくは閣僚である。しかるに君は、議員徽章を佩用していない。それなくして、議場では議員と認めがたい。議員にあらざる者など、認めることは出来ない!」


「徽章の有無に関わらず、この鳩山、そして犬養君を議員と認めない者はいない。徽章は議員であるというしるしで、別に佩用せんともよい」


「その通りだ。ここにおる者たちは皆お互いの素性を知っておるのだからな」


「君らは、自分が鳩山であり、犬養であると、知らぬ者はいないから徽章はいらぬという考えらしいが……議場入場の際は、徽章を佩用すべしと議員規則にある。従って佩用せざる者は、議場においては議員にあらずだ。いわんや、国民の代表ですらない! これが先例集だ! そこに佩用せぬ者は議員と認めずとある!」


 三木は分厚い書類を片手に高く持ち上げて見せた。


「左様な自身の証明を出来ぬ者、規則を蔑ろにする者に天皇大権をどうこう語る資格などない! 議長、この二人を議場から追放されたい」


 顔面蒼白となった鳩山と犬養であった。議長も事態の推移についていけなかったが、三木に促され、議員徽章の着用を周知すると同時に、徽章を持っていない議員たちの議場からの退出を命じた。


「これで当面、連中は恥ずかしさから出て来れまい」


 去っていく鳩山と犬養を見送り三木は呟いた。


 議場の扉から出ていくその瞬間、鳩山は振り向き三木を睨んだ。


「覚えていろよ、次は必ず」

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