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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2585年(1925年)

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統帥権議会

皇紀2585年(1925年)8月20日 帝都東京


 加藤声明とともに総理官邸を包囲していたデモ隊は警視庁が治安維持法を理由に指導者と幹部クラスを逮捕することで解散させ、同時に憲兵隊によってデモ隊を煽っていた海軍青年将校も逮捕されるに至った。


 これによって帝都の騒乱状態は一時的に回復したが、それはあくまでも嵐の前の静けさとも言うべきものでしかなかった。


 当初、デモ隊を扇動し統帥権干犯問題にまで発展させた当の本人たちは新聞各社への圧力が掛かると同時に手を引き、安全圏に引き下がり、右翼や国粋主義者たちを通じて扇動を続けていたが、デモ隊の解散によって、彼らの活動は帝国議会へと移ったのである。


 第54回臨時帝国議会が開催されることとなったのは野党政友本党からの要求によるものであったが、与党である立憲政友会も総理大臣加藤高明と外務大臣幣原喜重郎への不信感で議会において本件を質そうとこれに同調したのである。


 議会冒頭で代表質問に立った政友本党総裁鳩山一郎はここぞとばかりに加藤を追求するのであった。


「総理、総理、総理! あの加藤声明はまさに天皇大権である統帥権、編成権を侵すものであるとはお考えにならなかったのでしょうか!」


 議長は加藤を指名し答弁を促す。


「帝国憲法によりますと、確かに統帥権は政府より独立しておるものではありますが、政府は陛下に対し輔弼の任を負っておりまして、軍部大臣は内閣の一員であり、天皇大権を代行し運用しておると認識しております……よって……」


「総理! 左様なことは総理や内閣の詭弁ではありますまいか!」


「そうだ!」


 鳩山の追及に野党席からヤジが飛ぶ。


「独立している以上、政府がとやかく干渉するのは帝国憲法に違反するものであり、同時に陛下に対して越権行為というものであると我々は考える……有体に言えば、加藤内閣は君側の奸であると言わざるを得ない!」


「そうだ!」


「加藤内閣は陛下の名を騙って国政を牛耳っているも同然だ!」


 鳩山の発言に重ねる様に野党席からヤジが飛ぶ。彼ら野党は議会で空気を支配しようと画策しているようである。


 加藤は野党からのヤジによって答弁しづらい状況に追い込まれてしまっていた。


「慣習的に軍令は軍部大臣ではなく、統帥部が保持しておることになっております……しかしながら、編制大権は軍部大臣が輔弼しており、軍部大臣は内閣の一員であり、閣議、帝国議会の承認を経るというものであり、実質的には政府に委託されておるものと考えるべきものであります」


 加藤は答弁に苦しみながらも、過去の事例と司法省による見解メモを基に順を追って発言を続ける。


 統帥権・編成権は天皇大権に属して内閣・政府から独立したものであるが、帝国憲法第5、55、64条を根拠とし、予算執行上、兵力の決定は政府に実質的な決定権があると判断される。


 だが、史実ではロンドン条約も編成権を統帥権に含めるものだと艦隊派が主張し帷幄上奏権を乱用する形で昭和天皇に直訴するが、実質的な拒絶を受け、枢密院、衆議院でもロンドン条約の批准が可決通過したことで一度は決着を見たが、時の総理大臣濱口雄幸の暗殺による影響もあり、最終的には艦隊派の思惑通りに編成権も統帥権に吸収され、兵力決定に関し政府は口を出せなくなったのである。


「いや、法学者の見解では編成権は統帥権に属するものであり、両者の切り離しは軍事上有り得ぬとある……総理のそれは詭弁というものではないのか」


 鳩山は一部法学者による見解を持ち出し、是が非でも統帥権問題で加藤内閣打倒を狙い攻撃を続ける。


 だが……。


「議長! 答弁の許可を願います」


「海軍大臣財部彪くん」


 苦戦する加藤に代わって財部が答弁に立つ。


「海軍軍人としては、野党の議員諸氏の統帥権論理はとてもありがたいものであります……政府が関与出来ず兵力量の決定が出来るようになれば、予算枠に囚われることもなく、こちらの言い値を政府に要求出来るようになり、議会も文句ひとつ言えなくなるのですから、これは大変ありがたいものです」


 鳩山はニヤリと笑みを浮かべる。海軍が援護射撃をしてくれると信じ切って勝ち誇った様な表情である。


「ですが、それは本職、海軍大臣としては認めることが出来ぬものであると考えます。その言い分を認めてしまいますと、政府の行政能力、議会の存在意義を否定するものであり、軍隊が国家を支配しておるのと何ら変わらぬものであり、これはまさに帝国憲法の統治権……つまり天皇大権を侵害する行為そのものであると考えざるを得ません」


 加藤は財部の援護射撃となる答弁に表情を明るくする……が……。


「しかし、此度の加藤声明に関しては統帥権云々とは別に、内閣における意思統一、五相会議による内諾を経ておらぬ独断によるものであり、これには改めて海軍としては不満と不快感を表明せざるを得ぬものであり、近く帷幄上奏申し上げ、本職を辞さんとするものであります。また、海軍としては後継大臣を出さぬつもりでありますゆえ、各位におかれましては承知願いたく」


 財部の辞意表明と海軍の倒閣の意思表明をしたことで議会に衝撃が走る。


 財部は艦隊派と条約派の均衡を保つためには海軍としての意思表明をする必要があると考え、同時に現内閣に対して明確に拒絶を打ち出さざるを得なかった。彼自身の保身を考えたものではなく、艦隊派による統帥権問題への口出しを抑えるためにも必要だったのだ。


 幸い、海軍三長官の海軍大臣:財部彪大将、軍令部長:鈴木貫太郎大将、連合艦隊司令長官:岡田啓介大将は条約派が占めており艦隊派が軍政、軍令に口出しを出来る状況になかった。


「静粛に! 静粛に!」


 議長の声は怒号でかき消されてしまう。


「本議会は、本日は休会、休会とします!」


 議長はヤケクソに叫び議会は休会となった。

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