新聞社同士の抗争開始
皇紀2585年8月7日 帝都東京 有坂邸
海軍大臣財部彪の新聞報道への恫喝によってこの日の朝刊は真っ二つに紙面の論調が変わった。
「財部大臣はジャーナリズムの敵」
「海相、新聞各社を恫喝」
「財部海相、報道の自由を侵害」
と大手新聞社である朝日新聞、東京日日新聞、大阪毎日新聞は書き立て、こぞって財部を非難する論調で一面を飾った。
だが、一方で発行部数が少ない新聞社と読売新聞は異なった紙面だった。
「前日記事の撤回、本紙記者の無用な忖度による誤報」
「海相の真意は外相の独断専行への不快感と閣内同意を軽視した首相への不満、本紙の報道に誤り」
「報道各社、報道姿勢が治安維持法に触れる恐れ」
このように真っ二つに割れた論調だった。
特に治安維持法に触れた読売新聞は朝日新聞を名指しで批判し、「結社の目的遂行の為にする行為」に抵触するもので、以後、自社紙面においては記事そのものは記者や編集部の主義主張を含まないものとし、社説や論評において自社の主義主張を書くというスタイルにすると明言していた。
以後、中小・地方紙が読売新聞に追随する紙面構成として徐々に大手三紙の部数を侵食していくことになるが、それは別のお話。
この日、有坂邸謀議が開催され、この話題が謀議のメンバーでも持ち上がったていた。
「財部海相も思い切ったことをしたね……あれだけ総理と外相に不満があったのに、ちゃんと総理には話を通しておるし、内務省や司法省と新聞報道の問題を提起して、現行法で対処出来る可能性を探るとは……うむ……酒が美味いわい」
鈴木貫太郎軍令部長は満足そうな表情で酒を傾けている。
彼もいつのまにか謀議メンバーに馴染んでしまっているが、よく考えると大物中の大物だ。
「鈴木さん、上機嫌ですね……ささ、もう一献」
有坂総一郎は鈴木に酌をする。
「いや、昨日の朝刊を見た時、これは困ったことになったと思ったさ……で、海軍省に用があって軍令部から出向いたら新聞社の連中がぞろぞろと大臣室から出てくるじゃないか、これにも驚いたよ。で、気になって大臣室を訪ねたら、財部さんが新聞社相手に大見得切ったというのだから、二度驚いたよ」
ますます上機嫌で杯を傾ける。
「そのあと、官僚たちがやってきて、色々と討議していたからねぇ……ただじゃ起きないね、あの人は……下手したら失脚するかもしれんというのに……」
上機嫌だった鈴木がそう言うと寂しそうな表情でポツリと言った。
史実でも財部は軍縮条約と引き換えに身を引いている。歴史の修正力はこういうところでも影響しているのだろうか。
「まぁ、なんにしても、これで新聞報道による扇動の影響が減るということは良いことです……国民の情報収集は新聞報道に頼る部分が大きいのですから、それが中立公平になれば帝国臣民の政治行動に与える好影響は計り知れませんからね」
総一郎の言葉に鈴木は大きくうなずいた。




