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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2585年(1925年)

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報道の自由と治安維持法

皇紀2585年(1925年)8月6日 帝都東京 海軍省大臣室


海軍大臣財部彪は海軍省へ登庁すると大臣業務の一切を放置して在京新聞社の社長と編集長を呼び出した。


 今朝の新聞報道に対する抗議と訂正記事を出させるためである。


「閣下、今朝の突然の呼び出しは一体どのような理由で?」


「新しい海軍発表でしょうか?」


 などと理由も告げられず招集された新聞社の面々は暢気に質問をしてくる。


 だが、財部の表情は何時になく厳しく険しいものだった。


「諸君らを呼び出したのは他でもない。今朝の新聞の関してのことだ! いったいこれは何なのだ!」


 財部は拳を執務机に叩きつけ言い放つ。


「検閲は何も問題なく通過しておりますが?」


「閣下への取材を記事にしたものですが何か?」


「海軍は政府に非協力であると閣下が申されたのでは?」


 皆一様に頓珍漢なことを言いだした。


「貴様ら、なぜここに呼ばれたのか理解出来ておらぬようだな?」


 財部は今にも血管が切れそうなほど顔を赤くさせ怒りを露わにしている。


 新聞社の面々の的を射ていない発言は財部の怒りの火に油をせっせと投下しているだけだった。


「私の発言からなぜこのような記事が出来上がる? これは貴様らの好き勝手な憶測と忖度ではないか、これは明らかな虚報だ! 斯様な記事を造り上げた責任を貴様らには取ってもらう!」


 財部の怒りの一言で新聞社の面々は皆顔面蒼白となった。


「統帥権については私から諸君に言うべきことはない。だが、海軍は政府に、加藤内閣には現状では協力出来かねると申し上げてきた……少なくとも幣原外相の更迭なくば歩み寄れないと……私はこう言った。だが、記事はなんだ? まったく違うものではないのか? どうなんだ?」


 彼らは揃って自社の記事を確認する。


 当然、彼らの書いた記事と全く異なることは明白であった。記者が忖度し、自身の政治思想に基づいた加筆が行われているという証明でしかなかった。


「さて、諸君……残念だが、治安維持法の「為ニスル行為」の禁止という条文があるのを知っているな? これはまさに条文の「結社の目的遂行の為にする行為」そのものではないのかね? 違うか?」


 新聞社の面々は一人を除いて黙りこくった。


「閣下、それは犯罪行為や国体変革に関係する叛乱分子への……」


「ほぅ? では、統帥権干犯問題はまさに国体変革というものではないのか? どこぞのアホウドリや駄犬が反政権の政局に利用しようとして声高に叫んで、在郷軍人会や青年将校たちがこれに同調しておるけれども、それを煽っている君らは、「結社の目的遂行の為にする行為」ではないと言うのだね?」


 財部の言葉に反発したものも押し黙った。


 治安維持法をそのまま適用すること自体は難しいかもしれないが、内務省と司法省、あとは陸海軍の匙加減で見せしめ適用は十分にあり得る。


「そもそも、ここのところ新聞各社は世論を煽る様な記事が多い。これでは、帝国臣民が適切な政治参加など出来るとは到底思えないのだが、違うかね?」


「それは報道の自由を侵害なさる発言では?」


 財部の中立報道要求に噛み付いた新聞社があった。朝日新聞である。


「ほぅ、報道の自由か……ふむ、確かに検閲があるとは言っても本質は自由な報道を帝国憲法は保障しておるな……だが、帝国憲法が保障しておるのは新聞社の都合の良い報道の自由などではない。諸君らはそんなことすら理解出来ておらぬのか?」


「閣下、閣下といえどこれは我々ジャーナリストへの侮辱であると考えますぞ」


「あぁ、構わん。貴様らが自社にとって都合の良い報道をするというのであれば、我々は法に従って処分を下すだけだ。なんなら裁判にしても良い。貴様らの記事の出鱈目さを白日の下にさらすことも出来るのだからな?」


「横暴だ!」


 朝日新聞、東京日日新聞、大阪毎日新聞などは抗議の声を上げた。


 だが、一部中小新聞社は財部の言葉に従うかのように黙っている。


「さて、諸君、私も忙しい。内務省、司法省の官僚たちが来る時間だ。君らのおかげで私は大臣としての職務を後回しにして対応せねばならぬ様になったのだ。その辺りのこと、重々承知してもらいたい……では、御帰りはあちらだ」


 財部の言葉と同時にさっと秘書官は大臣室の扉を開けて新聞社の面々を追い出しにかかった。


「閣下、我々を敵に回したこと、後悔なされますな!」


 朝日新聞の編集長が捨て台詞を吐く。


「構わん。君らの言う、報道の自由とやらが捏造や欺瞞に満ちていると自分で紙面で主張するのであれば首を絞めるのは貴様ら自身だ、さぁ、帰り給え」


 財部は強い視線で睨み返した。

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