空振り
皇紀2585年7月21日 ドイツ ミュンヘン
亡命しているヘルマン・ゲーリングから黙認という名の同意を得、その足で石原莞爾少佐はミュンヘンに舞い戻る。
2時間程度で到着出来る距離にあるとは言っても面会するには少々時間が悪かったこともあり、石原は翌21日に面会することにして宿で旅装を解くこととした。
石原は酒もたばこもやらない。酒好きにとってはミュンヘンといえばある意味聖地ともいえる場所だが、酒をやらない彼にとってはこの街も他の街と同じで情報収集の対象でしかなかった。
街での情報収集でナチ党へのそれを行ったが、思っていた以上にミュンヘンとバイエルン州でのナチ党への支持率が高いことが判明した。もちろん、その大きな影響力は有坂総一郎が石原に手渡した資金によるものでもあったが、ヒトラーへの個人崇拝によるものも大きいことが判明したのである。
――ふむ……。やはり、記憶通り総統の個人商店だな。もう少し肩入れしないとゲーリングはいずれ外されるだろう……。素面ゲーリングでも厳しいものがあるだろう。何より、亡命していることで中枢にいられないのだからな。
ナチ党とゲーリングの現状とその問題を石原は正しく認識しなおすと総一郎の見通しの甘さに笑みを浮かべた。
――有坂も記憶持ちのくせに甘いな。確かにゲーリングは重要人物だろうが、現状ではただの亡命者だ。カネだけ出せば中枢に座れるわけでもなかろうに……だが、まぁ……リヒトホーフェン大隊の人脈でドイツ国内に影響力を発揮出来ているのだから、ナチ党というよりは国防軍や退役軍人の窓口という面では今後も活用出来るだろう……。
宿に戻り、手帳に仕入れた情報を書き込み、それへの分析と今後の方針の大枠を記すとベッドに横たわる。
――まぁ、なんにしても今はウーデットの引き抜きだ。アレは設計等の能力は微妙だが、パイロットとしては天性のものを持っている。であれば、今後の航空機開発と航空隊育成に大きく寄与することは間違いないだろう。
寝るには少し早い時間だが、石原はさっさと寝ることにした。
翌朝、エルンスト・ウーデット邸へ赴いた石原だったが、早速出鼻を挫かれたのである。
「なんだと! つい今しがたベルリンへ飛んだだと?」
ウーデット邸の使用人が言うにはいつものことであるそうだ。
「して、いつ戻る?」
「彼はその日の気分で飛んでいるので、なんとも……先日はベルリンで朝食を取って、ボーデン湖で魚を釣って、サンモリッツで呑んで……なんてことも……」
石原は頭を抱えてしまった。想像以上の難物だったのだ。
「悪いが、ウーデット氏が戻ったらこれを手渡して欲しい。インスブルックに亡命中のヘルマン・ゲーリング氏からの書状と私からの言伝を……ウーデット氏の都合で構わないから、ベルリンの大日本帝国駐独大使館へ出頭していただくように……往復の旅費は帝国政府が後日立て替えてると」
使用人は頷き書状を受け取る。
石原は予定が完全に狂ったことに頭を抱えつつベルリンへの帰途へつく。




