とある鉄道官僚の発案
皇紀2585年5月5日 帝都東京 汐留貨物駅
列島改造論によってまず整備が始まったのは貨物列車であった。
ヤード式で方面別に貨車を組成する方式がこの時代……現代でも80年代に至るまでそうだった……では一般的であるが、東京-下関の東海道本線・山陽本線の主要な貨物駅でヤードの半分を潰してコンテナ貨物ヤードを新設し、コンテナ貨物輸送が開始されたのである。
雑多な有蓋貨車、無蓋貨車を連結した従来の貨物列車は、まずは汐留の貨物駅で大阪方面へ向かう車両を混結し、各貨物駅で開放分離して梅田の貨物駅に到着し、今度は下関へ向かうものへと組成し直す様な形で運用されていたが、コンテナ貨物列車の運用開始によって、通し運転とコンテナ単位の積み下ろしによってその到達時間は大幅に削減され、同時に貨物輸送も格段に大きくなりつつあった。
大きな成果を挙げつつあるコンテナ貨物輸送は東海道本線・山陽本線筋でのみ現在は運用されている。また、従来のヤード方式も併用されているのが現状だ。
なぜなら、これを支える根幹であるフォークリフトの絶対数が足りていないためだ。フォークリフトはアメリカで発明されてから数年しかたっておらず、輸入しても十分な数が揃わない状態であり、有坂重工業での製造ですら生産が追い付いていない状態である。
「やはり、十分な数のフォークリフトを配備していない状態で前倒したのは失敗でしたか……」
鉄道省に付き合う形で有坂総一郎は汐留貨物駅での荷役作業を視察していたが、広いコンテナヤードに対して不足するフォークリフトの状況を見てうなだれる。
「まぁ、君のところですら未だに十分に配備していない状態で先行したのだから仕方がないさ」
鉄道大臣仙谷貢は仕方がないという表情で返してくる。
現状、鉄道省の東海道本線・山陽本線の貨物輸送は速度優先度の高いものなどを優先してコンテナ貨物輸送している。他の貨物は従来通りではあるが、鉄道省は貨物輸送の軸をコンテナにすると方針を明確に打ち出し、従来貨車の製造は全面的に停止されていた。
「フォークリフトの量産が追いついていないのは仕方がない。無理を言って前倒したのだから、こちらの責任だよ。君は引き続き、フォークリフトとトップリフターの製造を進めて欲しい」
仙谷は総一郎に発破をかける。
従来貨車の製造中止と同時に鉄道省はコンテナ貨車の量産を指示していた。従来貨車と違い、フラットな台枠と台車だけという構造で量産性が高いことから鉄道省の直営工場だけでなく主要鉄道車両メーカーも多数の受注を得て大量生産が進んでいた。
これを支えたのが、鉄道省の決めた共通規格による部品とそれを担保する推奨工作機械指定だ。逆に言えば、指定された工作機械で、指定された規格の部品を造らないとならず、受注してもそもそも製造出来ないのである。
これによって、量産効果が出ると同時に各メーカーによってばらつきのあった性能が一定水準に落ち着くことになったのだ。
また、本格的にボールベアリングが採用され、これによって軸受けの焼き付けなどの問題へ抜本的な対策が取られた。これは将来的に客車や機関車、電車、気動車にも採用されるが、その試験的な意味合いもあった。
「あの、大臣、有坂顧問……フォークリフトが足りない状況は今後も継続して発生すると思われます……というより、慢性的に不足し続けると申し上げた方が良いでしょう」
仙谷のすぐ後ろに控えていた秘書官が口を挟む。
「佐藤君、それはどういうことかね? 有坂重工業だけでなく、三菱、東京瓦斯などでも量産が始まればいずれ数年内に需要が満たせるだろう?」
佐藤と呼ばれた秘書官の言葉に仙谷は反論する。
「いえ、需要が満たされることは恐らくないかと……供給元が増えればそれだけ供給数は増えるでしょうが、陸海軍もフォークリフトの利便性に気付くことで積極的に発注し出すでしょう。それだけでなく民間もまた総合商社や貿易関係、製造業を中心に需要が増えていくことは容易に想像出来ますね? なぜなら、こんなに便利なものを使わない方がどうかしていると思いませんか? そうなると、我が鉄道省が確保出来る分は、相対的に減っていくことになります」
現代でフォークリフトを用いていない企業はそう多くはない。物流でどうしても必須となるのがフォークリフトだ。大きく重いものではなくとも、フォークリフトがあることで作業効率が格段の差をもたらす。
「そこで、ひとつ提案ではありますが、簡易な改造で予算もほとんど掛からず、効率も従来のものよりある程度は向上するであろうと考える策があります」
「それは一体なんだね?」
仙谷は頭をひねる。
「当面はコンテナを貨車に固定して運用するのです。これでフォークリフトは不要となります」
「それでは積み替え出来ないではないか? 従来と違うのは貨車の組成をしないだけではないか?」
仙谷は不満そうに反発する。
コンテナ輸送の最大のメリットは貨車の組み換え組成をしなくても良いこと、コンテナ単位で積み替え出来ることだ。その片方を捨てるという提案なのだから仙谷の反発も当然だ。
「いえ、発想の転換ですよ。大臣、コンテナを積み替えることが出来ないのであれば、コンテナの中身を積み替えしやすくすれば良いのです」
「どういうことかね?」
「コンテナ単位の積載量は目減りしますが、車輪付きの台車を出し入れするか、車輪付きすのこ板を使えば迅速な出し入れが可能になります……まぁ、これは従来の無蓋車や有蓋車でも問題なく使えるかと思います。重量物や大きなものはフォークリフトを使った方が良いでしょうが……」
「さすがは佐藤栄作さんですね」
総一郎は佐藤を褒める。そう、佐藤栄作……鉄道官僚にして、戦後、兄弟で総理大臣を経験した稀有な例の片割れだ。
彼はまだ入省して2年目だが、時機を見て総一郎が仙谷に「入省したばかりの佐藤栄作という人物は大物です、側において成長させるべきですよ」と入れ知恵したことで史実にはない形で歴史の表舞台に現れている。兄である岸信介はまだこの時、商工省で同期のリーダー格という形ではあったが、まだ表舞台には出ていない。
「顧問のお褒めに預かり光栄です」
フォークリフトの量産が前提のコンテナ輸送。
でも、それの量産が追いつかないが、コンテナ輸送は始まっているし、コンテナ車の量産も始まっている……ではどうするか……。
発想の転換が必要でした。
でも、答えは国鉄の荷物車にあったんですね。スニ40、41、スユ44、マニ44。車輪付きパレットによる荷役を可能にした荷物車。
では、それを応用すればよいとね。




