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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2584年(1924年)

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炊飯器

皇紀2584年(1924年)11月8日 帝都東京


 東條英機大佐は有坂総一郎の「数字の動きを見るだけでも情報は筒抜けになるし、断片情報を繋げば元の情報が朧げに見えてくる」という話に絶句しするが、暫くした後納得し、総一郎に語り掛けた。


「確かに貴様の言わんとするところは理解出来た……。川中島の戦いで上杉謙信が妻女山を下ったのは武田の海津城から上がる炊飯の煙を見てのことだという……。それと同じことだな?」


「ええ、そうですね。煙が幾筋も立ち上がっている、これをヒントに武田の動きを予想し、結果、それが的中していますね。裏をかいて川中島で待ち構えている武田本陣に突撃したというそれこそ、断片情報の整理と統合によるもの……特別なことをしているわけではなく、自然と普段でもやっていることそのものです。が、何故か我が帝国陸海軍はこれを理解していない節が多々見受けられます……それでは敵に情報を与えるばかりで、こちらは何にも得ることはない。結果、戦に負けるのは国力云々以前の話かと」


 総一郎は東條にとって痛いところを突く。


「確かに、木を見て森を見ずでは……話にならんな。いや、我が帝国は木すらも見ていないかもしれぬ……見ておるのは枝葉だけ」


 東條は自嘲気味に呟く。


「軍人さんはどうも視野狭窄な方が多いので、もう少し視野を広くするために高等学校や大学などの出身者を積極的に採用すべきでしょう……特に諜報・謀略・暗号関係は生粋の軍人ではなく、高等教育を受けた者が主導すべきかと……」


 史実の中野学校も当初は生粋の軍人を工作員にしていたが、末期は高等教育を受けた者を選抜し養成されている。であるならば、最初からそうすべきだと総一郎は考えていた。無論、生粋の軍人を完全排除しろというものではない。


 実際に中野学校設立にかかわった岩畔豪雄らも生粋の軍人ではあったが、諜報の重要性を理解していたからこそ、それを提案し、陸軍省もそれに必要性から理解を示し設立している。要は向き不向き、理解無理解の違いである。


「中野学校については……こちらで引き受けよう……いずれにしても必要であることだしな……」


 東條がそう言った丁度その時、結奈が応接間に顔を出した。


「旦那様、東條様……食事の用意が出来ましたわ。こちらに運びましょうか?」


 結奈は問いかけてはいたが、実際には既に膳を運んできていた。女中のサエとともにてきぱきと配膳をしていく。彼女に総一郎は同席するように誘った。


「結奈も一緒にどうだ?」


「そうね、御一緒させていただきましょうかしら」


 そう言うと運んできた御櫃を横においた。


 結奈たちが運んできた御櫃は奇妙な形をしていた。旅館などで見る御櫃と同じであるが、足が生えているのだ。


「結奈さん、それは?」


 東條は不思議なものを見る目で御櫃を凝視する。


「炊飯器ですがなにかしら?」


「炊飯器? それは釜で炊いた米を櫃に入れているのではないのかね?」


 東條は一体何を言っているのかとそういう表情である。


 その様子に総一郎はニヤリと笑みを浮かべる。隣の結奈は「また始まった……仕方のない人」という諦めと呆れが混ざった微妙な表情である。


「陸軍さんでもこれを採用しては如何でしょうか? 流石にこれを家庭用で売り出すには色々と不都合がありますので、業務用であれば……特に戦場など野外での運用をすれば兵たちの食糧事情が改善出来ますぞ!」


 総一郎はドヤ顔で東條に売り込みをかける。


 東條は少々引き攣った表情だが、興味を引かれている様子だ。


「これは、電気炊飯器です。構造的には御櫃に電極を取り付けたもので、その電極に電気を流すと中の水が通電して発熱、それで米を炊くというものです。簡単な技術なので量産自体には何の問題もありません。今すぐに量産して1ヶ月以内に陸軍の兵営に供給することも可能です。誰にでも扱うことが出来、電気さえまかなえればどこでも使うことが出来ます!」


 総一郎の魅力的なそれでいてどこかに根本的な問題を抱えていそうなセールストークに東條の表情は微妙になる。


「電気があればどこでもか?」


「ええ、電気さえあればどこでも。シベリアの森の中だろうと海の上だろうと。一酸化炭素中毒になることもありません。ええ、とても安全です」


 総一郎の艶々の笑顔に東條は確信を持った。


「有坂、貴様、絶対に何か隠しているな? 家庭用に売り出せないってのは何か根本的な危険性があるのではないのか? だからこそ、一定の需要があって、なおかつ安全性を担保出来る陸軍に売り込もうという腹ではないのか?」


 総一郎の笑顔が凍り付く……。


――ヤバいバレた。説明書に細かい字で書いておけば大丈夫だと誰かが言っていたというのに……。


 総一郎の額に汗が一筋つたう。


「旦那様……素直におっしゃいませ」


 呆れた結奈は正直に話せと促す。


「感電の恐れありのため、家庭用には売り出せません……。電極は剥き出しではないですが、水を通電させるという構造上、感電しやすいのです……。こんなものを一般家庭に売り出したら感電する者が後絶たないことになりましょう……」


 東條も呆れた表情で総一郎を見る。


「いや、お前、それなら陸軍の炊事担当者でも危険ではないか。なんとかならんのか?」


「現段階では無理です……そもそも電気炊飯釜の実用化は昭和30年代のこと。それも一般に普及したのは30年代後半です……しかも、こんな用途の限られるものが売れるのは我が帝国と満州、台湾、支那、朝鮮……あとは東南アジアくらいなものでしょう。しかも、我が帝国以外で売れる見込みがあっても、彼らに買える販売価格となると……」


 総一郎は頭を抱えてそう言った。日本人にとってはなくてはならないものだが、イタリア人には必須のピザ用の釜と同じく、あまりにもメジャーなくせにニッチ過ぎた炊飯器は技術そのものがまだ発芽した状態でしかないのだ。


「あぁ、わかった……但し書きが付くとしても、炊事担当者にとっては仕事が減るのだから導入する利益があるわけだな?」


「ええ、そういうわけで、帝国陸軍が大々的に導入していただけましたら助かります……」


 総一郎は東條に頭を下げた。


 東條はそれに頷くと、ふと何か思うところがあったようだ。


「今、思い出したのだが……これは九七式炊事自動車に搭載されている奴じゃないか!」


「バレたか」


 総一郎は舌を出して笑った。




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