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この身は露と消えても……とある転生者たちの戦争準備《ノスタルジー》  作者: 有坂総一郎
皇紀2584年(1924年)

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中島知久平と川西清兵衛

皇紀2584年(1924年)10月10日 群馬県太田


 国策企業団が欧米歴訪から帰国して2週間。


 この日、有坂総一郎は中島飛行機の本社がある群馬県太田へ出向いていた。彼の目的は中島知久平に会うことであるが、その目的とは……。


 中島飛行機の本社は二階建て一部三階の白亜の洋館だった。


「よくもこんな洒落た建物を田舎に建てたものだな……。東洋一の飛行機工場の本社としては上出来といったところか……いや、相応しいからこそ彼はこれに本社を置いたのだろうな」


 本社一階の事務所へ顔を出すと訪問を知らされていた社員が出迎え案内を申し出てくれた。


 案内役の若い社員は一度本社ビルから外に出て、横に付属されている部品工場と板金工場を見学させた。中島からの指示であるようで、まず自分の目で見てから思うところがあれば言って来いという姿勢なのだろう。


 社長室へ通された総一郎を中島は両手を広げて出迎える。


「やぁ、有坂くん。態々こんな田舎まで訪ねて来てくれるとは……一体どのような用件かな?」


 恰幅の良い彼には背広が少し窮屈そうである。


「先日の欧米歴訪は大変お世話になりました」


「いや、我が社もブリストル社と良いビジネスが出来た。これも君のおかげだと思っているよ。これは世辞ではなく、本心からの言葉だ」


 総一郎の定型の挨拶に中島は世辞抜きの言葉を掛けた。彼は本心からブリストル社との商談とエンジン共同開発という結果を高く評価し、それを補佐した総一郎を労いたかったのである。


 先の歴訪の折のブリストル社との商談によってブリストル・ジュピターの全情報が公開され、中島飛行機は内製化を進めるために工場設備などに早速ではあるが投資を行っていたのだ。


 そして、有坂重工業に工作機械を一括発注し、量産体制を構築するために工場敷地の拡張なども始めていたのである。


 そこに総一郎の訪問であり、中島は上機嫌で出迎えるのも当然の結果であった。


「中島さん、気を悪くするようなことを申しますが……」


 総一郎は中島の表情を窺うが、彼の表情は打って変わって厳しく睨みつけるようなものであった。


――これはいかん。タイミングをミスったか……。


 総一郎は内心焦った。だが、意を決し口を開く。


「以前、川西清兵衛氏と共同経営をされていたそうですが、物別れとなったと聞いております……経緯をお教えいただけませんか? もし出来ることであれば、川西氏との仲介の労をと考えております」


 元々中島飛行機は中島が独力で創業したが、後に航空産業に進出を考えた川西財閥総帥川西清兵衛の出資を受けた。その頃、まだ中島の事業は軌道に乗ってはいなかったが、川西の出資と前後して中島式四型機の飛行成功を受け、陸軍からの大量発注があったのだ。


 だが、その際に川西とトラブルがあり、結果中島は自社買取をし、川西は中島から手を引いたのである。日本航空産業史上における損失と言われる事件である。


「面白くもない話だ」


 中島は険しい表情のままでそうつぶやく。


「川西氏と俺との間には思想的に隔たりがあったのさ……同じ事業をしていても見ている方向が違った。だから決別したんだよ……仕方のないことさ」


「思想的隔たり?」


 総一郎は首を傾げた。


「あぁ、俺にとってこの会社は”良い飛行機を作る”ためにあるし、”その為の経営”だ。それは、”帝国の興廃に直結する”って考えている。ほれ、そこにある創業の辞を読めばわかるだろう?」


――惟に外敵に対し、皇国安定の途は富力を傾注し得ざる新兵器を基礎とする戦策発見の一つあるのみ。戦艦一隻の費を以ってせば、優に三千の飛行機を製作し得べく、その力遥かに戦艦に優れり。実に飛行機は一カ月の日をもって完成するを得。故に民営を以って行なう時は一カ年に十二回の改革を行ないうるも、官営にては僅か一回のみ。帝国の飛行機工業は官営をもって欧米先進の民営に対す。今にして民営を企立し、改めずんばついに国家の運命を如何にかせん。


 中島が海軍を退役し創業した際に関係者に送った内容だ。


「だが、川西氏にとって事業の一つでしかなかったんだよ。だから、俺は独断でエンジンの発注をして、それが発覚し結果対立することになった……。そこで俺は陸軍や政治家と結託して三井物産などから資金を融通してもらって俺を追い出そうとした川西氏に絶縁状代わりに12万円の小切手を叩きつけたんだ」


 総一郎はある意味では呆れた。同時に芯が通っているなぁと感心もした。


――そらぁ、相容れないわなぁ。


 総一郎は心の中でそうつぶやく。


「だから、俺と川西氏との間を取り持とうなんて考えても無駄だよ……。確かに川西財閥の資金があればうちももっと資金繰りが楽になるのだろうけれど……それじゃ創業の辞に反してしまう」


 そう言うと中島は元通りの機嫌のよい表情に戻っていた。

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