デトロイト
皇紀2584年7月 デトロイト
国策企業団と陸軍視察団はヘンリー・フォードの招きによってデトロイトへ向かうこととなった。
フォードはニューヨーク・セントラル鉄道に特別列車をチャーターし、彼自身が案内役を務め、国策企業団を特に手厚く歓待したのであった。無論、陸軍視察団が蚊帳の外であるわけでもなく、彼らにはフォード・モーター製のガソリン・トラックが献納されるというオプションまで用意されていたのである。
デトロイトに到着した国策企業団はフォードの特別な計らいで建設中のデトロイト郊外のディアボーンにあるリバールージュ工場へ案内されると、その巨大な敷地と建設中の工場群に圧倒され、同時にだだっ広い工場内の製造ラインに設置されている工作機械やベルトコンベアに度肝を抜かれるばかりであった。
「内地にはこんな工場一つもないぞ……」
国策企業団の面々は異口同音に唱えるばかりであった。
そんな中、陸軍視察団の原乙未生中尉などは異なった反応を示した。
「規模は小さいけれど、有坂重工業の帝都工場はこれによく似た感じだ……よく真似している……」
原の言葉に国策企業団の面々は赤面するばかりであった。身近なところにあるものにすら目を向けていない、新興企業だからと甘く見ていたことの大きなしっぺ返しだったからだ。
その後、フォードの主力工場であるハイランドパークへ向かい、実際に稼働している工場を視察するが、その実力を示されるや皆揃って開いた口が塞がらない状態であったのだ。
あっという間に組み立てられ完成し出荷されていくそれを見るだけで工業力の厚みに国策企業団の面々は最早お通夜状態というべき様子である。
陸軍視察団でも有坂重工業と関わりがある者たちは規模こそ小さいが、同様に製品を生み出す有坂重工業のそれを知っていることから国策企業団の面々程の驚きは感じていなかったが、それでも、米国の実力の一端には恐怖を感じずにはいられなかった。
「ミスターフォード、今回の工場見学は我が帝国にとって、産業界にとって大きな収穫でした。とても感謝しております……。そこで、もう一つお願いがありまして……」
有坂総一郎はフォードへ頼みごとをする。
「なんだろう? 私が出来る事であれば良いが」
国策企業団や陸軍視察団が興味津々で視察見学していたこともあってかフォードは非常に機嫌が良かった。今の彼の様子であれば、大概のことはなんとかしてくれそうな感じである。
「我が帝国は自動車だけでなく、オートバイも必要としています……是非、ハーレーダビッドソンに仲介をお願いしたい……」
「なんだ、そんなことか、構わんよ……手配してやろう……代わりに日本政府との仲介をしてくれよ? 頼むぞ、ミスターアリサカ」
「ええ、勿論」
数日後、フォードの仲介によって有坂重工業はハーレーダビッドソンのライセンス製造権を購入することが出来、陸軍視察団は本国へオートバイ調達企業として指名されることとなった。




