加藤高明内閣成立
皇紀2584年6月8日 帝都東京
衆議院任期満了に伴う総選挙が5月10日に行われた。結果は大方の見方通り、憲政会が110議席から151議席へ躍進、立憲政友会と政友本党は分裂前の278議席(129:149)から216議席(100:116)へと激減する。
選挙管理内閣として原内閣を引き継いだ第二次山本内閣だが、6月7日に総理大臣山本権兵衛は宮城へ参内、閣僚全員の辞表を奉呈し総辞職。第1党である憲政会総裁である加藤高明に大命が降下することとなった。
大命の下った加藤はすぐさま組閣作業に入るが、彼の私邸に立憲政友会総裁である高橋是清が訪れた。
「加藤さん、此度の組閣だが……我が政友会はあなたの憲政会と協調することをお約束するためにこうして参った。そこで、相談なのだが……先の選挙でお互いに転換された鉄道政策継続と日本列島改造論を訴え戦った誼で人事で少々融通してもらえないだろうか?」
加藤の組閣本部となっている応接間に案内された高橋は開口一番に訴える。
加藤も高橋と選挙協力をしたこともあり、高橋の提案を受け入れることに抵抗はなかった。むしろ、鉄道政策では提唱者たちが入閣している方が都合が良いと考えていたからだ。
「そうですな……いくつかの閣僚については考慮しましょう……具体的なポストはどれをお望みですかな?」
「蔵相、鉄道相をお願い出来ないだろうか?」
高橋は加藤に要望を伝える。
加藤はそっとテーブルに手を伸ばし湯呑を持ってから口を開いた。
「そうですな……」
そう言うとお茶を口に含んだ。
加藤はそっと目を閉じて考えをまとめる。
鉄道政策、日本列島改造論を実行するには財政出動は免れない。幸い、軍縮とシベリア出兵の終了で戦費が削減出来ていることもあり、財政は落ち着きを取り戻しつつある。
だが、原内閣の継続による高橋財政によって国家財政はかなり悲鳴を上げている状態であり、財政については方針転換をすべきだと加藤は考えていた。
「高橋さん……あなたの財政で国家財政は相当に厳しい状態になっている……シベリア出兵での戦費という財政出動がなくなったからマシであるとは思うが、鉄道政策の転換と日本列島改造論の同時並行で実施は正直困難だと思う……そこで緊縮財政を考えておる……」
加藤の言葉に高橋は眉を吊り上げる。
「加藤さん、それでは話が違うではないか? 選挙での争点にしておいて、カネがないから出来ない……それでは臣民との約束を反故にすることになる……」
「あなたの言うことは尤もだ……だが、先立つものがないのでは……そういう理由で蔵相をお任せるわけにはいかない。鉄道相については一考しましょう。そうですな……代わりに司法相や農商相では如何か?」
加藤の提案に高橋は失望の表情を浮かべる。
「それでは景気が悪化……ただでさえ大戦景気で成金が跋扈している昨今……ここで下手に金解禁や緊縮財政へ舵を切ると金融恐慌が発生しますぞ!」
「だが、財政の健全化、金解禁なくして諸外国との交易による信用は得られない……ゆえにここを譲ることは出来ぬ」
加藤も憲政会の財政政策が金解禁と貿易立国方針であるため譲るわけにはいかなかった。
「加藤さん、そうは言うが、仮に金解禁するとしてもだ……為替誘導や政策金利でレート維持する方向に持って行くと深刻なデフレと円高で輸出が振るわなくなる……それでは結局大恐慌に発展させかねない……考え直して貰えないか?」
高橋の指摘は正しい。
史実でも憲政会の緊縮財政、金解禁方針によってデフレと円高を招き、結果貿易立国どころか貿易亡国になってしまっている。特に震災復興という輸入超過状態でこの様な政策を取れば市中に資金が供給されないために経済が破綻する。
「その辺りをうまくやるのが蔵相の仕事……なに、濱口君に任せるつもりだから安心して欲しい」
「わかった……あなたがそこまで言うなら、無理強いをしても我が政友会にとっても利益がない……鉄道相と農商相、逓信相をこちらに回していただきたい」
高橋は加藤が頷くことはないと諦めた。
「ええ、良いでしょう。人選はそうですな……鉄道相は我が憲政会から引き続きで仙石さん、農商相は高橋さん、あなたに、逓信相は岡崎さんにそれで不満はありませんね?」
高橋は加藤の提案を受け入れ頷いた。
閣僚名簿は以下の通りである。
総理大臣 加藤高明 子爵
大蔵大臣 濱口雄幸
外務大臣 幣原喜重郎 男爵
内務大臣 若槻禮次郎
陸軍大臣 宇垣一成 陸軍大将
海軍大臣 財部彪 海軍大将
司法大臣 横田千之助
文部大臣 岡田良平
農商務大臣 高橋是清 子爵
逓信大臣 岡崎邦輔
鉄道大臣 仙石貢




