政友会分裂
皇紀2584年1月17日 帝都東京
山本権兵衛内閣が成立して10日。政界に異変が勃発。
政権与党である立憲政友会において、鉄道政策についての不満が爆発。原敬という重しがなくなったこともあり、原の腹心であり、更迭以前に鉄道大臣を務めた床次竹二郎が不満分子を糾合し、政友本党の結成を宣言したのであった。
史実では、清浦圭吾内閣の超然主義へ反発する護憲三派による倒閣が起こるタイミングであったが、史実と異なり、この世界では原内閣を引き継ぐ山本内閣であるため、政党政治が継続されていることから歴史イベントは異なる形で発生したと言えるだろう。
「一体、あの連中は何を考えているんだ……畜生め!」
与党立憲政友会の分裂と鉄道政策転換への反対を打ち出した政友本党の行動に改軌派の実質的な黒幕である有坂総一郎は新聞報道にて事態を知ると自邸書斎にて毒づき、すぐに改軌派へ連絡を取り、自邸へ招くこととした。
夕刻に至り、招集したメンバーが有坂邸に集う。
ここに集うメンバーは鉄道大臣仙石貢、内務大臣後藤新平、目黒蒲田電鉄専務五島慶太、駿豆鉄道及び箱根土地を経営する堤康次郎など錚々たる面々である。
元々面識のある仙石、後藤は兎も角、総一郎が五島や堤とつながりを得た経緯はここでは割愛するが、渋沢栄一伯爵が絡んでいるとだけ述べておこう。
「皆様方、此度お集まりいただいたのは政友本党の馬鹿どもの動きに関してです……皆様方、特に閣僚であるお二人、特にお忙しい中、申し訳なく思っております」
総一郎は集まった面々に深々と首を垂れて突然の招集を詫びた。
「いや、有坂君の屋敷で会合というのであれば我らとしても歓迎であるよ……下手な料亭よりも美味い酒が呑めるからな」
後藤は面々を代表してそう言うと、杯を掲げ乾杯の音頭を取る。他の面々もそれに合わせ杯を掲げ、一気に煽る。
「さて……政友本党……どうも鳩山が裏で動いていた様だ……床次は原の政策転換で梯子を外されたせいで恨みを持っていると思っていたが……まさか、山本農商相まで簡単に寝返るとは思わなかった……」
後藤は苦々しそうに感想を述べる。
後藤や仙石にとって床次が鉄道大臣に就任してから冷飯を食わされてきただけに、政策転換で床次が居場所を失ったそれの仕返しをしてくるであろうとは考えていたが、まさか旗頭として政友本党を率い反旗を翻すとは思いもしていなかった。
それだけでなく、現職の農商務大臣である山本達雄が床次と結託し、内閣不一致状態に陥ったのであった。
大日本帝国憲法下の内閣制度では総理大臣は閣僚を更迭することは出来ず、閣内不一致に陥る状況を利用して倒閣工作が幾度となく行われていたのだが、床次や鳩山はこれを利用し、山本権兵衛内閣を打倒もしくは揺さぶりをかけることで政策転換を強いるとはここに集う面々は思いもしていなかったのである。
原内閣時代に積極財政を志向する高橋是清大蔵大臣と健全財政を志向する山本に亀裂が生じていたのだが、まさかここまで根深い対立に発展しているとは誰もが認識していなかったのであった。
「だが、起きてしまったのは仕方があるまい……閣内不一致では何れ内閣が潰れる……かと言って、山本農商相が辞職に応じるとは思えないな……」
仙石は刺身を突きつつ後藤の言葉を継いだ。
「しかし、それでは非常に困る……折角、鉄道省線との連絡を含んだ帝都近郊路線の総合開発で妥協したそれが水の泡となりかねない」
「不動産開発による各種事業にも影響が出かねない……」
五島と堤もそれに応じて自身の立場から懸念を口にする。
「そもそも、君が煽り過ぎたからではあるまいか? 違うかね? 有坂君……」
後藤は先日の議会演説でやり過ぎたのではないかと総一郎を咎めるように言った。




