絞首台で消えた筈が……
凝りもせず新作を書き始めました。
ええ、酒に酔ってやった。反省していない。
「臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。大本営陸海軍部、十二月八日午前六時発表。帝国陸海軍は本八日未明、西太平洋に於いてアメリカ軍と戦闘状態に入れり」
NHKのラジオ放送は開戦のニュースの次に戦果を報じ終わると勇壮な軍艦行進曲を流し、続いて戦意高揚を目的とする宣伝放送を流した。
大日本帝国は前世同様に強大なアメリカ合衆国と再び開戦したのであった……。
だが、前世とは明らかに異なる情勢での開戦であった。
時系列は大きく遡る。
主人公、東條英機がドイツ=ワイマール共和国に駐在武官として赴任したところからこの物語は始まる……。時に西暦1921年7月……帝国における皇紀2581年、大正10年のことである。
彼は赴任先のドイツ=ワイマール共和国首都ベルリンの賃貸官舎にて起床した。しかし、普段と違い、彼には違和感があった……。
――あの夢は一体何だったのか……。
彼の夢はあまりにも鮮明だった。しかも、その夢が終わるその瞬間……彼は帝国の清算人として全ての罪を被って絞首刑に処せられた……そう、自分の死とともに目が覚めるという体験を彼はしたのである。
――これから歩んでいく人生を走馬灯のように見た様だ……。
バーデンバーデンの密約、張作霖爆殺、満州事変……。そこまでは良かった……彼の主観では……だが……。
――盟友永田鉄山があんな形で死ぬというのは想定外だった……。恐らく、すべてはあれから狂っていったのだ……。ならば、まずは……。
彼は前世同様のメモ魔という習性をここでも発揮し、重要な項目ごとに記憶をメモしていった……。恐らくは今は重要ではなくても、順に重要度を増すであろうということも付記して。
――帝国はこのまま進めば確実に破滅する……。それも、私がその引き金……それも決定的な場面で引くことになる。不本意ではあったが陛下の意を汲むことを望まれたというのに、あのような結果に帝国を導いた責任は取らねばならない……。前世でも全責任を負って黙って絞首台に上がったように……。
だが、すべてが失敗だったとは思わなかった。あの戦争は帝国にとっては最悪の結末だった……それは否定しない。300万柱の人命を失い、帝国を崩壊させ、戦後日本国という紛い物国家を生み出す元凶になったのだから……だが、それでもあの戦争において示した正義、大義は間違っていなかった……そう彼は冷静に個々の事案を分析していた。
勝てもしない戦を始めることになった……だが、今思えば既にあの戦は欧州大戦が終結した段階で既に始まっていたのではないだろうかと考えがまとまった彼は動き出すことを決意したのである。
――あの戦、再び負けるわけにはいかない……。そのためにはまず陸軍……いや、帝国の国力を底上げせねば……だが、間に合うのか?
彼の分析は自身が内閣を率い、戦争指導した経験から帝国の行政と軍政、軍令の欠陥を把握していた。そう、すべては統帥権干犯という名の下に好き勝手した軍人と政治家の暴走……そして硬直化した人事と派閥抗争によるものだと……。
――敵は外ではなく、内にごまんといる……。いや、それだけでない……技術……違う基礎工業力だ……頼るべき人物は誰だ?中島知久平か?後藤慶太か?小林一三か?あいつか……岸信介か?
前世では満州の弐キ参スケと言われた実力者であった存在は確かに前世でも有用だった。それは間違いない。だが、盟友関係といっても良かった岸信介は倒閣工作をして彼を追い込んでいる。
だが、前世の経験から有用な人材と害悪な存在は明確に判断出来る強みが彼にはあった。彼の内閣において無能な人材は実質皆無だった。
彼の戦争指導を助けたのは大蔵大臣賀屋興宣の財政指導によるものであると言っても良い。また、商工大臣の岸信介は満州時代の経験から開戦から物資動員を十全に果たし、これによる総力戦完遂は大きな功績といえた。もっとも、海軍大臣の島田繁太郎についてはコメントを差し控えたい……。
――やはり、満州の確保はやっておくべきだろう……。そういえば、満州には石油が出るという情報もあったな……これは最優先だな……。
彼の孤独な戦いは始まったばかりであった。