プロローグ
その日、柊・岩志はいつものように、水を打った様に静まり返る深夜のシャッター商店街を巡回の自転車に乗ってぼんやりと駆け巡っていた。
二十五歳の巡査。有り触れた地方都市の片隅にある交番に勤務する、大学卒業から勤め始め、まだまだ新米の域を脱しない警察官であり、仕事の内容も格別に特殊なことは何もない。
時には日中を巡回で過ごし、時には夜勤として派出所に勤め、稀に事件の操作に出向く。
手ごたえを感じない仕事の内容に、やりがいは感じなかったが、それでもこの仕事を続けられたのは、自分のライフワークである武道を極められるからだろう。
物心ついた時から空手を始めた柊は、中学時代には剣道部、高校時代には柔道部、大学のサークル活動では古流武術を研究して過ごした生粋の武術バカであり、警察官になった今では、勤務終りの夕方には警察署内の道場で剣道や武道の鍛錬をして過ごしている。
別に喧嘩が好きという訳でも無ければ、何れかの競技で一番になりたいわけでもない。
そもそもそう言う野望が有れば、警察官なんていう迂遠な職業に就くこと等せず、直接プロの格闘家になっている。
(……未練というか、何というか。何がしたいんだろうな。オレは……)
自転車のペダルを漫然と踏み込みながら、そう思う。
柊は、武道がライフワークであるという事は自分自身の人生の中から実感している事ではあるのだが、だからと言って、趣味というほどに愛着を感じるものではない。
趣味というのなら、絵も描くし、歴史小説を読み漁るし、近所の神社仏閣を巡ることもある。マンガが好きで、コミケにだって行ったこともあれば、秋葉にだって年に何度か足を運ぶ。
だが柊は、ただ、それ以上の、オタク的ともいえるほどの、何か強い情熱や熱い愛着の様なものを、自分自身の人生の中で感じることができずにいるのだ。
別に、是は自分だけじゃない。
そうは思うし、それは紛れもない事実だ。
けれども柊は、そんな自分自身に漠然とした不満を常に抱き続けているのだ。
(これからも、そうなのかね……)
そう思うと、そこはかとなく人生に絶望に似た虚脱感を覚えてしまうから、不思議だ。
是は、ただ単に我儘なだけなのだろうか?それとも、何か、心の奥底では自分の人生の中には、人には出来ない大きな使命があるとでも思っているのだろうか?
(くだらない!どんだけ年食った中学生だ!)
吐き捨てるように苦々しく思いながら、柊は深夜の踏切を越えて、残りの巡回ルートに向けて走り出したその瞬間だった。
上り線からの貨物列車が柊に向けて突っ込んできたのは。