今昔恋語
山のふもとにある、名もない神社。その神社は時をかけて様々な〝恋の成就〟を見届けてきた。
恋とは、今も昔も変わらない。淡く、ほろ苦く、そしてとても甘い。
先の戦いに敗走しこの神社にたどり着いたとある武士を語ろう。
行き絶え絶えにたどり着いた彼は、不用心にこの神社に入り込み、神に頼った。
「御神よ、私に、私を、私をお救い、ください……!!」
彼は知っていた。主を守るために命を懸けて敵軍に立ち向かい、多くの傷を負った彼は、もう長くない。死ぬ覚悟で挑んだ死守戦は主の自決とともに終わり、失意のまま敗走だ。
最後の決意を踏みにじられ、結局怪我で死ぬ。
惨めだと。辱めだと。彼はひどく憤怒にかられながらも、本殿の前であおむけに寝転がった。
月が明るく彼を照らす。その月夜を見上げたあと、彼はゆっくりと目をつぶろうとしたとき、ふいに頭上に影が差した。
少女である。神にお仕えする際の正装である巫女装束を纏った少女が武士を見下ろしていた。
「神に縋られるのは、死ぬためですか?」
「生きる、ためだ」
「でも、神は生きるための施しをしてくれません。ですので」
月夜に照らされた彼女の笑みに、武士は強く惹きつけられる。
「神の御使いである私が貴方をお救いいたしましょう。神に、感謝を」
この物語は、武士がこの神社の巫女に恋をするお話。
この物語は、武士が神から巫女を強奪するお話。
――時は経ち。
雪化粧が彩られたこの神社で、二人の若い男女が本殿の前で祈っていた。
片方は頭を丸々と刈り、学生服を纏っている。もう片方は神を二つに分けて三つ編みを編んで前に流していた。その二人の手は結ばれているものの、二人して悲痛な表情を浮かべていた。
「行っちゃうんだよね」
「ああ、あとちょっとしたら」
大きな戦争が起きている。その戦争に、この男は駆り出されたのだ。この国のためだと言われても男にはよくわからず、少女はそれ以上にわからない。
「ぃ、いかないでよ」
か細い声とともに服の端を摘ままれる。だが、それを振り切るように彼は神社を出ようと歩みを進める。
「ごめん」
彼は謝り、振り返る。
「でも、オレは絶対帰ってくる。だから、帰ったら……」
それ以上言葉は続かず、顔を背ける。
「好きだから。その気持ちは変わらない」
「わ、私も! 私も好きだから!!」
その逢瀬に二人は笑い、駆け寄ってお互いのぬくもりを感じながら泣いた。
「待ってるから。ずっと、ずぅっと待ってるから!」
最後に叫ぶ。
男が去る後ろ姿を見つめながら、泣きながら。しっかりと男の背中を焼き付けるように。・
さらに時を駆け。彼女は待ち続ける。戦争が終わり、身が朽ちようとしても、彼女は待ち続けている。
恋の成就とその先を見届ける名もなき神社に、今また、女性が一人――。
お読みいただきありがとうございます。
おさらい:純愛から悲恋まで、恋にも様々な形がある。つらい……。