旅立とう。俺たちは自由だ
分けた分です。
四人の作戦会議が終わったのを見計らったかのようなタイミングで王女の話が終わる。それを聞いたクラスメイト達は怒鳴ったり嘆いたり号泣したりしていた。カケル達は念話に集中していたため、全く話を聞いておらず、現状の把握は推測でしかできない。
といっても、大体の想像はつく。こういう異世界召喚というのは召喚されたら帰れないというのが鉄則だ。そのことを教えられたクラスの奴が泣いたり怒ったりしているのだろうと、カケル達は一秒で当たりをつける。
「皆落ち着くんだ。帰る手段がない以上嘆いていても始まらない!」
絶叫や号哭が吹き荒れる嵐の中を、凛とした声が貫く。
「俺は、俺は戦おうと思う。この国は隣国の魔人族に侵略されようとしている。そんな人々を放置なんてできない。魔王を倒せば帰る方法も見つかる。なら戦おう。この国の人々のために。自分達のために。そのための力が俺達にはあるんだから!」
((((アイツ馬鹿だわ))))
熱く語る誠一の言葉を聞いたカケル達四人の内心はこの言葉で表現できる。
普通、自分達を強制的に拉致した相手の言葉を信用するなんてあり得ないことだ。語られたことが真実かどうかもわからない。むしろ、不都合なことは隠すかそれを餌にして思うままに操るのが普通だ。
異世界召喚において不都合なこととは元の世界に帰れないということ。そのことをあらかじめ説明し、相手を追い詰める。その後にこうすれば戻れるかもしれないと話を持っていけば簡単に意識を誘導できる。
話の持っていき方も上手く、王女の話術がそこにあわされば自分の望む方に人を動かすことができる。王女としては正しいやり方かもしれないが、日本生まれ日本育ちの彼らからしてみれば非人道極まりないことだ。
それでも、異世界召喚され帰れないという衝撃の事実を聞かされて絶望。その後に帰ることができるかもしれないという希望を与えられることによって、もはや彼らに正常な判断はできていなかった。誠一の言葉も動力源の一つになっているだろう。そのことを考えれば誠一のカリスマは現状仲間を殺す最悪の凶器である。
尤も、そんな正義正義している男の考えをバッサリ切って捨てることのできるカケル達はこの中では生存率はかなり高い。何だったら帰れないことも承知で観光がてら冒険しようとまで考えているのだ。中々に肝が据わっている四人だった。
クラスの全員が頑張るぞーと意気込んでいる中、カケルは気付かれないよう王女に目を向ける。
王女の顔は明らかに作り笑いとわかる笑顔で、その裏に黒い感情が渦巻いているのが容易に見て取れた。
教師の説得も意味をなさず、クラス全員(カケル達除)が戦う意思を固めたところで王女が口を開く。
「皆さん。本当にありがとうございます! これで我が国も救われます!」
瞳を潤ませながらそんなことを言い、頭を下げる王女。見る者が見れば明らかに演技だと看破できる。カケル達は一層警戒心を強める。なんせどんなタイミングで奴隷術を掛けられるかわかったものじゃないからだ。
「それでは皆さんのステータスを確認していきましょう」
頭を上げた王女はそう言う。目に溜まっていた涙は嘘のように引いている。勿論、嘘泣きなのだから引いているのは当然だ。だが、そのことに疑問を持つ者はカケル達以外にいない。
「ステータス?」
何を言っているのかわからないというように首を傾げる誠一。他のクラスメイトも一様に疑問顔だ。まあ、RPGやこの手の小説などとは無縁の生活を送っている彼らには訳のわからない言葉だろう。このクラスでそういうのに強いのはカケル達くらいだ。
「ステータスというのは個人の持つ力が書かれてあるものです。ステータスと念じることで開くことができます」
そこでおや? と眉を顰めるカケル達。王女が知らないだけなのか知ってて言わないのか、もしくはカケル達以外には使えないのか。どれも可能性があるために判断しかねる。
「“ステータス”!」
念じるだけで済むと言っているのにわざわざ声に出す誠一。すると、半透明のウィンドウが誠一の前に浮かび上がる。クラスの全員が「おおっ」と驚き次々にステータス画面を開いていく。
クローズのボタンをタップしてメニュー画面を閉じてカケル達も「ステータス」と唱えてみる。反応なしだ。なぜに? と疑問を抱きつつ何度か唱えるが、反応はいっそ笑えてくる程ない。
カケル達が疑問を抱えている間に王女はステータスの確認に乗り出していた。
「それではステータスを拝見させていただきますね」
まずは誠一のステータスからだった。
草薙誠一 Lv1
種族:ヒューマン
職業:《勇者Lv1》《剣士Lv1》
HP:100/100
MP:100/100
AP:100/100
STR:100
VIT:100
INT:100
MEN:100
AGI:100
LUK:100
スキル:《身体強化Lv1》《光魔法Lv1》《限界突破》
アーツ:《スラッシュ》
称号:《異世界からの来訪者》《勇者》
BP 1000pt
レベル1にしてはかなりのチートだった。HGO内では初期パラメータはオール10。つまり、誠一はその十倍のパラメータからゲームをスタートするようなものだ。しかも、光魔法までならわかるが限界突破は初っ端から持つスキルじゃないし、アーツだってゼロから習得していかなければならない。
これがゲームであれば他のプレイヤーから「コイツチーターだな?」と言われそうだが、悲しいかなこれは現実である。運営なんていない。通報のしようがない。
「これは予想以上に凄いですね。異世界の方はここまで力を持ってらっしゃるのですね」
そう言って誠一に流し目を送る王女。そんな視線に生唾を飲み込みつつ後頭部を搔いて照れる誠一。チョロい男だ。
「このBPというのは何かな?」
「それはボーナスポイントと言って好きに使えるポイントです。人によってはステータスに足す人もいますし、スキルを習得する人もいます。使い方は皆さんにお任せしますね」
「なるほど。よくわかったよ。ありがとう」
「はい。お役に立てたようで良かったです」
誠一の爽やかスマイルに可憐な笑みで応える王女。そんな二人に羨望の眼差しを送るクラスメイト達(カケル達除)。そんな感じでステータスの確認が済んでいき、遂にカケル達の番になった。勿論、ステータスは出なかった。
「ステータスを見せてもらってよろしいですか?」
王女がカケルにそう訊くと、カケルはメニュー操作で表示させたウィンドウを流す。
「ほい」
「……? 早く見せていただけませんか?」
「なに?」
カケルの表情が崩れる。カケルは間違いなく他人には不可視のウィンドウを可視化して見せている。だが王女は早く見せてくれという、これは一体どういうことか。後ろに控えている三人も怪訝な顔をする。勿論、三人にはカケルが可視化したステータスが見えている。そういう顔になるのも当然である。
「何をしていらっしゃるのかわかりませんがステータスと念じるのですよ? 指を動かしただけではでません」
王女が懇切丁寧に説明すると、周囲のクラスメイトが笑い始める。自分達には見えて他の人には見えない。まるで四人だけが絶海の孤島に置き去りにされているような感覚だった。
そこでカケルはステータスと心の中で念じる。だが何も起こらない。
「すまない。ステータスが表示されない」
「……」
そうカケルが言うと王女の目がまるでゴミを見るかのような目になる。ここまで悪意を露わにされるとカケルとしてもいっそ清々しいと思ってしまう。カケルはMではないため、こんな視線を浴びてもゾクゾクはしない。
「それはつまりステータスに表示できない程弱いということです。貴方自身にステータスは見えますか?」
「あぁ」
「表示されている数字を教えていただけますか?」
「オール10だな」
そこでクラスの全員が爆笑し始める。
「オール10!? ハハハハッ! クソ弱ぇじゃねぇかよ!」
「ダッサーイ! あはははっ!」
「戦力にすらならねぇな! アヒャヒャヒャヒャッ!」
全員がカケルをバカにする。それを善としない人間がいるが。
「アタシもオール10よ」
「俺もだな」
「私もだよ」
そんな夕姫達の言葉にクラス全員が笑ったまま硬直する。実際四人の隠蔽レベルはマックスなのでステータスを見られたところで本当に10としか表示されないため嘘はついていない。まあ真実を言ってるわけでもないが。
この時カケルは爆笑してる奴らをスルーして案外簡単にこの国を出られるかもと思っていた。夕姫達も同じ考えである。
「まさか勇者召喚にこのような脆弱な者達が紛れているとは予想外でした。これは大問題です」
とにもかくにも、全員のステータス確認が終了したところで神殿を出て王宮の中を歩く生徒達。カケル達は最後尾から少し離れた場所を歩いている。
『訓練とかで見られるまでもなくこの国を出られそうだな』
『そうね。少しムカついたけど結果オーライって感じかしら?』
『良かったよ。隷属させられるなんて絶対に嫌だからね』
『あぁ。全くだ』
カケル達は念話で雑談をしている。傍から見ればステータスの低さに落ち込んで黙り込んでいるようにしか見えないだろう。まあそうじゃないとしてもカケル達は口を開くつもりはなかった。余計なことを口走りそうだったから。
そんなカケル達を見て蔑んだ目を向けるクラスメイト達。ただ、一部の輩はよからぬことを考えている。弱いお姫様を守る騎士。そして、あわよくばとかなんとか。もしくは、無理矢理とか。
舐めるような視線を感じている夕姫と織音。不快度は天元突破をしてなお足りない程上昇し続ける。勿論、表情には出さないが。
ただ、いきなりカケルの念話が切れた時はさすがの三人も驚いた。何かに妨害されたわけではない。ただカケルが自身の判断というか意思で念話を切ったのだ。それに対して異常事態が発生していることを感じた三人はこれまでの警戒レベルを更に上げる。全てを疑うくらいに。
一行は大きな扉の前に到着する。カケル達の身長の三倍はあろうかというアホ見たいに大きな白銀の扉だ。その扉には派手な彫刻がされている。左の扉は天使。右の扉は堕天使だ。
その扉が重々しい音を立てながら開いていく。
扉の奥にはだだっ広い空間があり、レッドカーペットが扉のところから奥の玉座と思われる場所まで敷かれていた。その玉座には豪奢なマントを羽織った如何にも私が王だと言わんばかりの男が座している。その表情は完全に相手を見下すそれだ。
そして、レッドカーペットの敷かれているその両脇にはズラリと人が並んでいた。おそらくこの国の貴族や重鎮達だろうとカケルは当たりをつける。
付き添いの騎士に促され謁見の間のような場所に踏み込む一行。奥まで進み階段になっている手前で歩を止める。王女は構わず進み階段を上る。そして、国王っぽい男に何かを耳打ちする。話している間カケル達をチラチラと見ていた。
そして、王女が顔を離すと国王が口を開く。
「勇者諸君。この度はこちらの都合で無理矢理この世界に連れてきたこと、深く詫びよう」
とか言いながらも頭を下げる気配が微塵もないのはどういうことか。いや、悪いなどと全く思っていないということだろう。だが、カケル達を除いた他のクラスメイトは、おそらく王という立場上頭は安易に下げられないからだろうと勝手な解釈をしていた。
「私はこのメルラーク王国の国王。バンス=レット=フォン=メルラークである」
偉そうだなぁとカケルは思っていた。国王だから偉いのは当たり前だ。
「さて、今回諸君を召喚した理由はプリムからも聞いているだろう。ジン・ヒューマン。つまり、魔人族の侵略を受け、奪われた領土を取り戻してもらうためである」
((((嘘つけ!))))
カケル達は知っている。ゲームと違う部分があろうともこの国の設定は生きていることを。魔人族ジン・ヒューマンはHGO内では温厚な種族なのだ。それが合っているかどうかもまだ定かではないが、カケル達は九割九分九厘自分達の認識が合っていると思っている。
その証拠というわけではないが、もうカケル達以外のクラスメイトは全員隷属化されていた。カケルが念話を切ったのはその事実を知って、そのことに自分が気付かなかったことでショックを受けたからだ。つい焦ってしまい三人を見たが、三人は特に隷属化されていなかったようで安堵していた。
これもあり、カケルは全く国王の言葉を信用していない。奪われた領土を取り戻すことのどこに隷属化する意味があるというのか。馬車馬のように働かせるのは当然。戦場にも強制的に駆り出されるだろう。しかもそれは領土の奪還ではなく。それこそ侵略なのだからカケル達は絶対にかかわりたくなかった。
「この辺りはもう諸君の同意を得られたと今教えてもらった。本当に感謝する。だが、この勇者諸君の中に力を持たぬ者がいたとも聞かせてもらった。名乗りを上げよ」
見下した態度でこれまでよりさらに上から目線で物を言う国王。それに対して、手を上げるのはカケル達四人だ。お手本のような綺麗な挙手である。ふざけてるとしか思えない。当然、ふざけている。
「お前達は戦力になり得ない。他の勇者の足枷になるだろう。早急に王宮から立ち去るがよい」
その言葉を無表情で受ける四人。だが、内心ではほくそ笑んでいる。結果オーライと。
四人は何も言わず首肯し、早々に玉座の間を後にする。その状況を唖然と見守っていたクラスメイト達。唐突なことに誰も引き留めるという行動に出られず、後から激しく後悔することになるが、それに関してはカケル達の知ったことではない。
王宮を出ていくカケル達。案内もないのにどうやってと聞かれたら覚えていたからとしか答えないだろう。隷属化されて戦争の度に王宮内から戦場まで何度も何度も往復させられれば、さすがに道順くらいは覚える。そうでなくても記憶力の良いカケルがいるのだから迷うわけがない。
既に連絡があったのだろう。門番は中から出てくるカケル達を見下した目で王宮敷地内から追い出す。そこまでしなくても四人は止まる気なんてサラサラなかったが。ここまで邪険にされれば、さすがに罪悪感などは微塵も湧かない。
城下町に出る四人。この世界はどことなく中世ヨーロッパを彷彿とさせる街並みだと感慨にふけるカケル。煉瓦の敷き詰められた街道。その左右にはこれまた煉瓦で作られた建物がズラッと並んでいる。街道には馬車も走っていた。そんな街中を淡々と歩き、すぐに王都外へ出る。出る時にも侮蔑のこもった視線を向けられた。
王都を出てしばらく歩く四人。やがて、王都の街門も見えなくなる程の距離が開くと、遂に。
「「「「よっしゃ~~~~~~~っ!!」」」」
歓喜の雄叫びを上げる。間違いなく王都を出られた喜びだ。
カケル達はこれからの冒険に思いを馳せていた。HGOの世界でも冒険はしていたが、全ての国を回ったかと言われたら否と答える。この四人は効率のいいレベリングをして自分達の敵を無くした後、ゆっくりと仮想世界を観光するつもりだったのだ。
HGOには味覚再生システムがあり、ゲーム内でしか食べられないような想像を絶する味を持った食物さえあるともいわれていた。それを食べ歩こうと思っていたのだ。それが仮想から現実に置き換わっただけだ。
これから四人の楽しく愉快な旅が始まる。
時に笑い、時に泣き、時に無双する。
四人の旅は今始まった。