ゲームの世界、だと……?
分けました。
カケルが気が付いた時には硬い床の上にうつ伏せになっていた。頬と手で感じる冷たさとザラザラ感は間違っても教室の床とは決して言えないものだった。
起き上って辺りを見渡すと、未だ気絶したままのクラスメイト達。いや、ダイキと夕姫と織音の三人は既に起きていた。
「おぅ。元気かカケル?」
「今さっき気が付いたばっかの奴に掛ける言葉じゃねぇな」
「……確かにそうだな」
なぜそこで考え込む必要があるのか。カケルはそうツッコみたかった。
「気分とか大丈夫? カケル」
「問題ねぇよ。――にしても、こりゃ一体」
「異世界召喚だよ! 異世界召喚!!」
「喜ぶな織音」
いつもの淑やかさはどこへやら。未知の体験を異世界召喚と断定しはしゃぎまくる織音。
改めて辺りを見回すカケル。石造りのその空間はまるで神殿のようで、自分達を囲む六つの石柱と空のように澄んだ青色の光で淡く輝いている水が流れている。カケル達のいる位置は丁度六つの石柱の真ん中である。
そんな光景を見てカケルは。
「なんか見覚えねぇかここ?」
「あ、やっぱりカケルもそう思う?」
「あぁ。マジでなんかデジャヴってんだけど……」
「アタシ達もそれが気になってね。ずっと考えてたんだけど、中々思い出せなくて……」
「なんかこう、喉元までは出かかってんだよなぁ」
「うん、そうなのよねぇ。出てこないからちょっとイラッとしてるんだけど」
カケルと夕姫が二人揃ってうんうん唸る。織音は未だはしゃいでおり、ダイキがそれを落ち着かせようとしていた。
五分程経過したところで、クラスメイト達がついに起き始め、同時に織音がいつもの淑やかさを取り戻す。清々しい猫被りっぷりだった。ダイキだけではなく唸ってたカケルや夕姫すらをも呆れさせる程だ。当の本人は「何か?」とでも言いたげな表情をしていたが、まあ織音のコレは今に始まったことじゃないので三人とも気にしない。
そして、一人また一人と起き始め、現状を確認して。
「ど、どこだよここは!?」
「何!? 何が起こってるの!?」
「もしかして攫われちゃった!? いやぁ! 助けて!!」
まさに錯乱状態だった。それぞれが思い思いのことを口に出し、それを真に受けた他の生徒がさらに錯乱していくという完全な負の連鎖だった。
ここで冒頭に話が戻る。
「皆! とにかく落ち着くんだ! 落ち着いて現状把握に努めよう!」
クラスのまとめ役であり、圧倒的なカリスマのある草薙誠一がそう言ってクラスメイトを宥めだす。こういう仕切り役的なことをスマートにこなせる彼はクラスのリーダーに相応しいだろう。
誠一の呼び掛けにこのまま騒いでいても何も変わらないと理解したクラスメイト達は落ち着きを取り戻していく。絶大な信頼と人気を誇る誠一だからこそできることだった。このくらいならダイキもできそうだが、ただイケメンなだけでリーダーシップやカリスマなんてものは持ち合わせていないダイキにそんなことを求めちゃいけない。
何より、極端に考えているわけではないが、自分と周囲の人間が無事なら後は何があっても何とも思わないタイプの人間だ。今の状況で言うならカケルと夕姫、織音の三人と自分自身さえ無事なら、後はもうどうでもいい。
「現状把握って言っても何を把握するわけ?」
落ち着いてきたクラスメイト達を無視して夕姫がそんなことを言う。態度からはどうでもいいとか面倒だとかの感情が透けて見える。こんな混乱状態の級友達の前で取っていい態度ではない。
そんな夕姫に朗らかに笑いかける誠一。乙女キラーのイケメンスマイルだが、そんなものはダイキで見慣れているため何とも思わないのが夕姫だ。この点に関しては織音も同じである。
「とにかく今俺達が置かれている状況を確認する必要がある」
「変な光に包み込まれて神殿みたいなここにいる。はい。状況の確認終了」
ドライすぎる夕姫の状況確認。ただ、言っていることは事実でそれ以上のことは何もわからないため、ドライな返しだろうとも誠一は言い返さない。他のクラスメイトなら食って掛かりそうなものだが、そういう素振りを見せた奴にはカケルとダイキ、そして織音の絶対零度の視線を浴びせられてしまうため何も言えなくなる。
この四人は自分達さえ無事ならどうでもいいという思考の持ち主なのでこういうことができる。なまじある程度クラスカーストも高く百八十もある屈強な男が二人も揃っているため、その迫力だけで物事を押し通してしまう故に割と嫌われている。校内屈指の美少女である織音すらも嫌っている多数の人間というのは基本的にこの四人全員を嫌っている人間だ。
尤も、四人がそんな強硬手段を取るのは自分達の身を守るためであり、職権乱用的な力の振りかざし方はしていない。そのため、多数とは言っても嫌ってる人間は極一部だ。
「いずれにしても、現状把握はこれが限界でしょ? 誰か来る可能性もあるし、その人に事情を訊けばいいんじゃない?」
「俺もそう思うぜ。ここで騒いだって何も変わんねぇし」
「皆落ち着いてきたし、少し待とう。何かあるかもしれない」
「私もそう思うな」
カケル達はそう言って雑談に入る。他の人達もそうするより他ないと思い、落ち着きを取り戻すためにも隣にいる友人達と励まし合うなどし始める。
そしてカケル達はというと、ある一つの可能性を考えている。
「で、カケルはどう思う?」
周囲が程よくざわついてきた辺りで夕姫がカケルにそう問う。間違ってはいけないが、この四人の中でリーダー格を上げるならダイキではなくカケルだ。理由は一つ。四人の中で一番まともだから。まあ、そのまともは四人の中だけの話で他にそれが通用するかと問われれば首を傾げるものだが。
「まあ、ありがちな異世界召喚の可能性は高いよなぁ。非現実的と思ってたんだが、現状はそれしか思い浮かばん。なんせ、教室の床に現れたのは魔法陣っぽかったしな」
「やっぱりカケルくんもそう思うよね」
喜色満面。そんな言葉が似合う程、今の織音は嬉しそうな笑顔である。この笑顔で大抵の男は間違いなくオトせる。
カケル達の中では八割方異世界召喚の線が濃厚という結論が出ている。他のクラスメイト達はそんなこと考えつかないだろうが。
こういう異世界召喚という単語はカケル達がそういう物語を好んで小説などで読んだことがあるから出てくる単語であって、その方面の知識がない他のクラスメイトは、ただただわけのわからないことになったというぐらいの認識しかできないのだ。
それはともかく、結論が出ている以上四人が気になっているのはあと一つだ。
「するってぇと残る問題はこの既視感か?」
「そうね。ホント何なのかしら? もうちょっとで何か思い出せそうなのに」
「ねぇ。何だろうねコレ」
そこで待ちわびた音が聞こえる。こちらに向かって走ってきている複数の足音が聞こえてきた。クラスメイトは助かったとばかりに顔を上げる。カケル達としては自分達から言い出したこととは言え、走ってくる音に無警戒に笑顔を浮かべるというのは危険な行為だと考えている。それが自分達の味方である可能性はあるが、敵である可能性もあるのだから。
現れたのは、護衛の騎士を連れたお姫様のような装いの少女だった。透き通るような金髪をロールさせ、いかにもお姫様ッと言った感じだった。カケル達はその少女と騎士にすら既視感を覚えていた。
お姫様風の少女は肩を上下させて息を荒げているが、そんな状態でも満面の笑みだった。
「ようこそおいでくださいました勇者の皆様!」
けってーい! カケル達は心の中でそんなことを思った。
「私はメルラーク王国第一王女のプリム=レット=フォン=メルラークと申します。この度はこちらの身勝手な都合で皆様をこちらの世界へ許可無く連れてきてしまったこと申し訳なく思っております。ですが、どうか皆様の御力を御貸し頂きたいのです」
到着早々随分と勝手なことを言う。そんなことを思うと同時にカケル達はようやくこれまで感じていた既視感に答えが出た。
「カケル」
「あぁ。間違いねぇ」
「「……」」
合点がいくと共にカケル達は警戒レベルを引き上げる。
メルラーク王国。そしてプリム=レット=フォン=メルラーク。カケル達には聞き覚え、否、見覚えがある国名と人物名であり、カケル達にとっては歓迎したくないことだった。
「ここはHGOの世界だな」
それを聞いてイヤそうな顔をする三人。メルラーク王国にプリム=レット=フォン=メルラーク。
四人にとっては絶対に受け入れがたい名前だった。