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国境の街

 翌朝。煌々と輝く朝日に照らされて四人は目を覚ます。夕姫の水魔法でさくっと身支度を整えた後、昨夜は食べられなかった夕姫と織音お手製の料理を食べる。


「ホント、夕姫と織音の作る飯は美味い!」

「全くだぜ。これを毎日のように食べられる俺達は幸せ者だなぁ」

「大袈裟よ」


 全く大袈裟ではない。美少女の手作り料理。それだけでも世の男共からすれば羨ましいことこの上ない。ホント羨ましい。爆ぜ散ればいいのに。


 そのことに気付いてるのはカケルとダイキだけだ。夕姫と織音からすれば、やりたいことをやっているだけだが、それが男の夢ということを全く理解していない。


 朝食を食べ終えて片付ける。その後、すぐに行動を開始する四人。


 しばらく歩くと、城壁のようなものが見えてくる。城壁のようなものにある門の前には騎士がいた。全身を鉄板で覆う鎧。関節部はちょうつがいなどで稼働可能にしてあるプレートアーマーに、頭部全体を覆う丸型の兜。バイザー部分が特徴的で尖っているアーメットのような兜だ。今はバイザーを下してあるので、顔は全く分からない。


 騎士甲冑の胸部分にはメルラーク王国の騎士であることを示すエンブレムがあった。


「どうも。ここは街か?」

「そうだ。国境の街カンビオだ」

「カンビオ? ってことは、この先はフルール皇国なのか?」

「当たり前じゃないか。この世界の常識だろう?」


 言い方に嘲笑めいたものが混じっててかなりイラッとしたが何とか耐えるカケル。しかし、ゲームの世界はともかく、この世界の常識について疎いのは自覚しているため、言い返すことはない。ただ、とっととこの国を出たいという思いが強くなっただけだ。国境は目と鼻の先。もうちょっと我慢しようカケル君。


「悪いな。田舎から出てきたせいで世事に疎くてさ。とりあえず、入りたいんだが?」

「あぁ。入場料は一人一万ガゼルだ」

「たっけぇなおい」

「すまない。俺も高いとは思うが、規則だからな。しっかりと払ってもらうよ」

「ほい」


 カケルが四人分(金貨四枚)の入場料を払う。その後、騎士が紙を取り出しサラサラと何かを書き綴る。書き終えると、その紙をカケルに渡す。


「これは入場証明だ。フルール皇国側から出る時にそれを門番に渡してくれ」

「渡すだけでいいのか?」

「いや、証明書を渡した後にまた一万ガゼル払うことになる。まあ入国料だと思って諦めて支払ってくれ」

「了解だ」


 そこで門番の騎士が「じゃあ」と一息置いて。


「ようこそ国境の街カンビオへ」


 そう言ってカケル達を中に入れる。


 人が多い。カケル達がカンビオへ入ってから思ったのはそれだ。明らかにメルラーク王国王都よりも活気がある。獣人やエルフ等の亜人種もちょっと目を移すだけで幾らでも目に入ってくる。まあカケルの後ろにも亜人の女の子が二人いるわけだが。


 国境の街カンビオ。円形のその街は、馬車四台が余裕を持って通過できる程広い大通りが十字に交差しており、それによって区画分けされていた。門は北門と南門だけである。横は国境壁があるため、門が作れない。


 東西に伸びる大通りがそのまま国境になっており、北側の区画はメルラーク王国領内、南側の区画がフルール皇国領内だ。当然、その一本の道を隔てただけで完全に別世界が広がっている。それぞれの国の特色がしっかりと反映されているのだろう。


 カケル達はさっさと国境を越えて宿を探す。とりあえず、寝床は確保しておかないといけない。今日はもう四人共街から出るつもりがない。旅の途中であれば、カケルお手製のテントが快適な寝床の確保をしてくれるのだが、風呂がない。水魔法でちゃちゃっと洗っただけであり、風呂好き日本人には堪える状態だったのだ。ハッキリ言うと、四人共汗で若干匂う。


 というわけで、適当に選んだ宿《キキョウ亭》に入る。設備が整ってさえいれば、どこで泊まろうと変わらない。四人の資金は潤沢なのだから。どれだけ高くても特に痛手ではない。


 四人はさっさと風呂に入ってご飯を食べて寝る。今日一日というより、ティスターナを発ってからの疲れが一気に出た。ベッドに身を投げれば睡魔はすぐにやってくる。そして、ゆっくりと眠るのだ。


~~~~~~~~~~~~~~~


 翌朝。


 夜は既に明け、六の刻を三十分程過ぎた頃。今日も世界は綺麗に明るい。この世界の人々は夜明けと共に行動を始める。農夫は農作に出かけ、商人は今日一日の商売の準備をし、旅人は次の街を目指して行動を開始する。こんな時間まで寝ているのは少数派だろう。


「すぅ……すぅ……」


 今ここで穏やかな寝息を立てているアイドル顔負けの美少女は、少数派に属しているようだ。


 そこは宿の個室。国境であり、人の往来が激しいこの街は宿もすぐに埋まってしまう。そのため、駆け込みで宿を確保したカケル達は全員が個室になってしまった。大して文句はない、というよりは文句を言う気力がなかった。


 シンプルなデザインの木枠のベッドの上に、一人の少女が白い掛け布団を肩まで掛けて横になって眠っている。何とも気持ち良さそうだ。ベッドの質が中々良く、心地良い眠りにつけることで人気なのだ《キキョウ亭》は。


 気儘な旅をするカケル達は時間というものを気にする必要がなく、机上にある目覚まし時計(カケルお手製)も時刻確認以外の役割は全くない。よってアラームセットはされていない。


 宿の朝食は十一の刻までならいつでも食べられるため、無理に早く起きる必要はない。現代の日本のようにチェックアウト等の手続きは必要なく、宿の一斉清掃が行われる十五の刻までであれば幾らでも寝て構わない。まあ朝食イラン! テヘラン! と割り切れるのであればの話だが。


 自然と目が覚めるまで眠り続けられる。これ以上の幸せはないだろう。私は断言する!


 そんな静かで、穏やかで、平和な個室に、


「夕姫ちゃ~んっ! おっはよぉ~~っ!!」


 ドバッタン、と勢いよく扉を開いて、元気良く叫びながら闖入者が突入してきた。


 闖入者:突如許可無く入ってくる者。


 だから“闖入者が突入する”というのは、“頭痛が痛い”や“危険が危ない”や“一番最初”のように意味が被っているが、それを全く気にさせない程に清々しい闖入っぷりだった。


 闖入者は織音だ。膝上丈の真っ白いフェミニンなワンピースを靡かせて部屋に特攻してきている。完全に余所行きの格好だ。


「うひゃあっ!?」


 その闖入に、ベッドの上の夕姫が、さすがに吃驚して跳ね起きる。


 プライベートに配慮が成された宿の個室に突入してくるとは、一体何者だぁ。撃たれても文句は言えねぇぞと言わんばかりに、ベッドから転がり降りる夕姫。そして、手を枕の下に差し込む。


「しまった銃がない!」


 手は虚しく空を掴むだけであった。いやさぁ、インド系イギリス人の凄腕バウンティ・ハンターじゃあるまいし。しかも夕姫。君は枕の下に隠せる程の大きさの銃は持っていない。


「夕姫ちゃん。インド系イギリス人の凄腕――――」


 もう私が言いました。


「織音か…………」


 無言でちらりと机上の時計を見て、今が実に非常識な時間(夕姫にとって)であることをしっかりと確認してから、聞くべきことは聞く。


「ロックの魔法陣で鍵が掛かってたはずなんだけど?」


 一定レベル以上の宿になると、それぞれの個室に《ロック》という魔法を発動する魔法陣があり、扉を閉めるだけで自動的にロックが掛かるようになっている。中からは自由に開けられるし、中にいる人間が入室の許可をする旨発言すれば、自動的にロックは解除される。《ウマシカ亭》もそうだった。


 間違っても、闖入者を許すような生半可な防犯設備ではないはずだ。


「魔力操作でサクッと解除しました。これくらい私には朝飯前なのです。まさに今だよ。ビフォーブレックファストだよ」


 何とまあ、織音は魔力操作でピッキングしたようだ。魔力でピッキングとは中々言葉がおかしいが、それはともかく、事案発生である。日本の現代社会に限らず通報ものだ。


 そんな犯罪行為を事も無げに申告し、おちゃらけた様子でオヤジギャグをかます織音。そんな織音に対して一つ溜息を吐く夕姫。


「ダジャレはいらないわ」

「異世界ジョークって言って欲しいなぁ」

「さよけ。で、こんな時間に何か用? アタシ眠いんだけど」

「英語でお願い」

「あいむすりーぴー」

「よくできました。だから、着替えて宿前に集合ね」

「“だから”の意味を日本語で言ってくれる?」

「いい質問だね夕姫ちゃん。今日は私と二人で買い物に行くって言ったでしょ? でも、いつまで経っても夕姫ちゃんが来ないからしびれを切らして迎えに来たんだよ」

「買い物?」

「そうだよ。女子二人で買い物する当日にお寝坊さんなんて、ダメだよ?」

「買い物なんて、果たしていつ言われたのか、激しく記憶にないんだけど」

「詳しくはこれから言うの。順番は気にしない気にしない。私は横入りもオッケーな人だからね」

「意味わかんないわよ……」


 しかし、ここまでおバカなやり取りをすれば、無理矢理にでも惰眠を貪ろうと考えていた夕姫もすっかり目が覚めた。従って、さっさと身支度を整え、織音との買い物に乗り出す。


 織音に合わせて余所行きの私服に着替えた夕姫。上半分が白と黒のストライプ、下半分は黒一色、袖口や腰元の裾部分はフリルが付いているTシャツとデニムのホットパンツの組み合わせ。足元はパンプスで脹脛までぐるぐるとアンクルベルトを巻いている。可愛らしくもあり、さっぱりした服装だった。


 ちょうど七の刻を過ぎ、宿を出て街を歩く夕姫と織音。何度も言うが、二人共かなりの美少女である。加えて、この世界ではあまり見ないようなデザインの服を着てオシャレをしている。二人の可愛さが引き立てられ、否応なく視線を集めるのだ。しかし二人は気にしない。しないったらしない。


 外はとても明るく、既に店を開けているところも多かった。南の大通りにも露店が並び、仕込みを終えた飲食関係の屋台やそこらの掘り出し物等を並べて売っている店がある。


「ここってもうフルール皇国内なんだよね?」

「そうよ。HGOで絶対行こうって決めてた国の一つね」


 フルール皇国。HGOにもあった国で、実力主義の国。実力のある者が人の上に立ち、支配する国家。ガゼットルシア内ではかなり広大な国であり、内包する戦力も規格外なために他国からの侵略というものを中々受けない。受けても容赦なく返り討ちにする。帝国主義ではないため、武力を持って他国を侵略するということはしないが、それでも周辺国家からはかなり恐れられている国だ。


 他にも色々と特色がある。例えば、フルール皇国は農業国家でもある。他国に比べて農業が盛んなのだ。特に、米の生産量はガゼットルシア一であり、夕姫の言う通り、四人が行ってみたいと思う国の一つだったのだ。


「お米ってここで買えたっけ?」

「確か買えなかったはずよ。メルラーク王国側に資源を流出させないために、カンビオでのフルール皇国特産品売買は禁止してたと思うんだけど」

「誰かに聞いてみる? ひょっとしたら、お米とかは売ってる可能性あるかも」

「望み薄だけどね」


 そして、二人は聞き込む。その結果は残念なものだった。


 基本的に夕姫が言ったことがそのままこの世界での常識として定着していた。二人が聞く限りでは、特産品どころかフルール皇国産の物品等も、メルラーク王国には徹底的に流れないようにしていた。これを破った場合は即刻国外追放。カンビオに入ることすらできなくなるという法すらあった。そのため、ここではフルール皇国の特産品にはありつけない。


「こんなことならHGOのプレイ中に買い溜めしとけばよかったわね」

「それは仕方ないよ。誰だって、ゲームと同じ世界が別にあって、しかもその世界に召喚されるなんて思わないんだから」


 何となく後悔しながらもウィンドウショッピングを続ける二人。良い時間帯になってきたのか、左右を見渡せば、開店している店が沢山あった。こうなると、二人の買い物という名の冷やかしも熱が入り、気になる店に入ってはあれこれ話しながら、欲しい物があれば購入。と、まあ大分楽しんだ。


 ホクホク顔で《キキョウ亭》まで戻る。その時には既に十の刻を過ぎていた。


 中に入ると、食堂となっている一階。カケルとダイキが奥側の席でモリモリと遅めの朝食中だった。夕姫と織音は二人に近付いていく。カケル達も夕姫達に気付き、軽い挨拶をして、夕姫達が席に着く。すぐに注文を取りに女の子が寄ってきたが、二人共外で食べてきたため、何も注文せずに男勢の食事が終わるのを待つ。


「んで、お前らどこ行ってたんだ?」


 ご飯を食べ終えると同時にカケルがそんな質問を夕姫達にする。ウィンドウショッピングの事をサラリと会話に混ぜつつ、入手した情報も話す二人。


「そうか。やっぱここには米なかったか」

「えぇ。欲しいなら南門から出て道を真っ直ぐ行けば“オリュゾン”っていう村があるから、そこで買えばいいって」

「オリュゾンはお米の原産地みたいだから、お金さえ払えば沢山買えるって言ってたよ」

「それに、村にある農業ギルドで直接買えるからキロ当たりの金額も、別の街よりちょっとは抑えられるとも言ってたわね」


 農業ギルド。フルール皇国内で必要不可欠なギルドであり、日本で言う農協とほぼ同じ役割を持っているギルドだ。ギルド登録者の作った農作物の輸送・販売。農業者の育成等もする。しかも、信用事業まで行っており、それで助かる人も多いんだとか。この辺りは勿論、夕姫達が仕入れた情報だ。まあ四人の場合、農作物を買う以外での利用はないと思うが。


「それで、これからどうするの?」

「とりあえず、フルール皇国側にあるみたいだから冒険者ギルドへの登録だな。身分証は欲しい」

「そうね。そこは同感だわ。で、メルラーク側にあったらどうするつもりだったの?」

「ここはスルーして別の場所で登録」


 よっぽどこの国が嫌いらしい。カケルのその言葉に誰一人として反対する者はいないのがいい証拠だ。


 四人はとりあえず部屋に戻って昨日までと同じ戦闘スタイルへ着替える。そのまま宿を出ていき、冒険者ギルドへと向かうのだった。

読んでいただきありがとうございました。

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