第9幕
屋上。フェンス越しに街を眺める彼女がいた。そしてこちらに振り向いた。
「雪……?雪なの?」
彼女がこちらを振り向いた刹那、杉野と上野が発砲した。続いて剣山が攻撃を仕掛けた。
茜が「止めて!」と言った時にはもう遅かった。杉野と上野の胸に風穴が空き、吐血をしたかと思うとすぐに倒れた。剣山の変形した影は彼女の右手に掴まれており、いつの間にか胸部と腹部を彼自身の術で縛られていた。その光景を目の当たりした次の瞬間、剣山は縛られていた胸部と腹部を影もろとも焼き尽くさせた。あまりに衝撃的な出来事に私と茜は唖然とした。一人の魔女によってHMO(人類魔術機構)は呆気なく全滅したのだ。
木製の杖を持って両手を広げているEVEは私に微笑んでいた。
「思わぬ邪魔が入ったわね……でも会えて嬉しいわ、雪」
EVEの体が青白く輝きだしたかと思うと一瞬で強烈な発光をしだした。
私は両腕で目を覆うようにして光の目視を防ごうとしたが遅かった。
私の目前にとあるイメージが映った。体の感覚がないようだ。空の上から目に映る光景を眺めているような……実に不思議な感覚だ。
とある教会。双子の赤子を可愛がる夫妻がいた。夫妻の横で優しい目で見守る若かりし頃の星村、そして茜の祖父である名月さんらしき人物がいた。
すぐに場面が変わって、私が育った施設が映し出された。話し合う大住園長と双子の親。離れた位置に停まっている車からもう一人の双子が施設に預けられる子を寂しそうな目でただ見つめていた。次の瞬間、母親と思われる人物が預ける幼い子供に向けて手元から眩い光を放った。「何をするのですか!」と怒る園長。「いや……何かを残そうと思って」と話す母親の手にはいつの間にか使い捨てカメラがあった。わかる人間にはわかるが、母親の手元から光ったのはカメラのフラッシュなどに分類される物ではない。魔術に通じている私にはそれが彼女による記憶喪失を起こさせる魔術だとすぐにわかった。そしてそれと同時に何とも言えない感情が私を震え上がらせた。
「まさか……!」
場面は変わり燃え上がる教会。重傷を負って倒れている夫妻。息の根も長くはないようだ。教会は原形を留めてないほど破壊されていた。教会の外から「娘はどこだ! 探せ!」などと言った大人たちの大声が聞こえていた
命からがら逃げだす少女。教会は山奥深くに所在しているらしく、少女は体が傷だらけで泣きながらも茂みの中を駆けていった。余りにも悲惨な光景。これが現実に起きていたことだというのか……?
頬に痛みが走った。茜に頬をぶたれていた。
「雪! しっかり! あんなのに惑わされないで!!」
「茜、私は……」
次の瞬間、茜の左頭部が何かに焼き尽くされて無くなった。私が悲鳴をあげると同時によろけた茜だったが、無くなった筈の茜の左頭部が黄金色に輝きだし、それと同時に彼女の体は壁に手をついて体勢を整えた。気がつけば茜の顔は元に戻っていた。茜はすぐさま怒りの眼光をEVEに向けた。
「何てことすんだ! このクソ野郎!」
「今の損傷は油断した貴女が悪いのでなくて? 世界最高峰の魔女の名が泣くわね」
「知るかよ、そんなこと!」
「茜、私は……」
「雪はここから逃げて! アイツは私が止める!」
「逃がすか」
EVEがそう言うと、彼女は体から再び青白い強烈な発光を放ってきた。今度は幻覚を見せる為のものではなかった。EVEの格好はゴスロリ風の黒いドレスに変わり、それと同時に破壊されていた屋上出入り口のドアが修復して、またも閉じてしまった。それから下に敷かれている魔法陣が青白く輝き始めた。
茜は「チッ!」と舌打ちをすると、左手から魔術を発動して、砲丸をその手に産み出した。そして躊躇せずにEVEに向けてそれを投げ込んだ。
投げられた砲丸はEVEの目前で焼け焦げてなくなった。
「随分と粗暴な戦い方するのね?」
「ふん……今やったことは確認作業。お陰様でアンタの性質を見抜けたよ」
「私の性質?」
「そう。アンタは“大気変動”を利用した魔術を使っているということ。そしてそれを利用したバリアを張っている根っからの臆病者だってね!」
「ふふっ……私が臆病? 貴女の方が怯えているくせに強がりを言うな!」
EVEが木製の杖を振りかざすと、強烈な青白い空気砲が茜を襲った。何とか茜は避けたが、EVEが放った攻撃は隣のビルの壁に当たり、壁を溶かしてビル内の階段を露わにしていた。命中すればひとたまりもない。
EVEの攻撃を避けた茜は左手に竹箒を創りだし、箒に乗って宙を舞った。
「うわっ! やっぱ慣れない!」
茜は箒に乗って宙に浮いたはいいが、慣れていないせいか、バランスを崩していた。今にも落下しそうな雰囲気を晒していた。EVEはほくそえむと茜に向け、空気砲の波状攻撃を始めた。
「うふふふふっ! みっともない! みっともないわね! 赤神茜!」
「黙れ! こうしないと近所に迷惑だろうが!」
「近所の迷惑? そんなものより貴女自身の命を心配しなさいな!! いつまで続くのかしらね! このクレー射撃は!」
「馬鹿にするな!」
「知っているわよ。貴女の術は“時空間変動” ですって? 自分に都合良く事実を改ざんできる術。一見無敵の力に見えるけど、そこには多大なリスクが伴うの。一度改ざんした事実は二度と改ざんすることはできない。私の攻撃を受けて一度落とした命……一瞬にして改ざんしたようだけど、次はどうなのかしらねぇ?」
「黙れ!」
「図星ね。貴女のおじいさんも“2度目の攻撃”で殺せれたわ。実証済みよ」
「まさか!? そんな……アンタなんかが……」
「感謝こそしなさい。お望み通りに富士山の頂上で逝かせてあげたのだから」
「この人でなし!」
怒った茜は小道具を取り出してEVEに向けて振った。EVEの目前で爆発が起きたが、彼女はかすり傷ひとつなく、微動すらしていなかった。
私は自分に何ができるのか分からずにただ立ち尽くしていた。そして突然告げられた真実に並ならないショックを受けていた。私の親は魔術師で私を捨てた。そしてHMOによって暗殺された。生き別れとなった双子の姉でもあるEVEは大悪党となった。彼女の見せた幻覚は事実であり、作り話ではない。その証拠に幼少期に見てきた父と母の記憶が私の脳裏にしっかりと蘇ったのだ。言わば私はEVEの力によって記憶を取り戻したのである。
しかし目に映る現実は残酷だ。実の姉が親友の命を奪おうとしているのだ。
EVEの攻撃を間一髪で避け続けている茜だが、彼女の顔や服にはたくさんの痛々しい切り傷がつけられていた。精一杯の力で避けているのだろう。試運転で乗った箒も上手くコントロールできず、遂にバランスを崩して彼女は落下した。
彼女が落下して数秒後、激しい衝撃音が聴こえた。下を覗くと人が落下したと思われる茜の元に集まっていた。「茜!」と思わず叫んだ私は涙が溢れだし、その場で泣き崩れた。