第5幕
「これ以上彼女に手を出すな。出したらただではおかない」
「これはとんでもない対面となりましたなぁ。赤神殿……うっ!?」
一瞬にして、剣山の体は驚くほど静止した。彼の目と口元が動いていることから完全とまではいかないが、金縛りをかけたようである。一連の作業が終わると、茜は私の元に駆け寄ってきた。
「雪! 大丈夫!? ごめん……私が早く来られれば……」
「はぁ……はぁ……何とか大丈夫だよ。死ぬかと思ったけど」
「しばらくゆっくりしていて。後でベッドまで運んであげるから」
「大丈夫だって。それよりこの人は?」
「ああ。色々聞かなきゃならないねぇ」
茜は剣山の側に行き、彼の薄い頭髪を掴んで顔を上げた。やはりというべきか、剣山の表情は青ざめていた。
「あ? おっさん? 髪増やしてやろうか?」
「ああ……そりゃ助かるなぁ」
茜は剣山の言葉を聞くや否や、彼の頬をグーで思いっきり殴った。
「これは雪の太ももを傷つけた分だ。雪を縛りつけて殺そうとした分として、私と雪の心が許せるようになるまでアンタにはそうしていて貰う」
「おいおい、冗談キツイなお嬢さんよ。私は特務科の現場担当トップだ。こんなことが表に出たらただじゃすまないぞ」
茜に続いて今度は私が剣山を殴った。
「ただじゃ済まないに決まっている! 私はアンタがやろうとしたことを忘れないから! 茜の力でアンタが私に暴行を振るったのを全国の隅々まで流してやる!」
「そりゃできないよ、雪。でもまぁ、こりゃ~当分は動けませんな。剣山刑事」
「好きにするがいい。こうなった以上“Eveの暴走”は止められない」
「イヴ? 何それ? あ、雪、これ見て。これアキバで売っている偽札だ!」
「え! ほ、本当だ!? それもこんなにたくさん詰め込んで……もう許さない!」
「道理でね~琉偉とどこ行っても売り切れだったし。大量に買い込んだワケねぇ」
「てか、こんなの買おうとしたの? アンタたち?」
「まさかぁ~いや、どこの売り場まわっても不自然なくらい売り切れだったから」
「どういう売り場まわっていたのよ?」
「え? 玩具売り場」
「はぁ? いい年齢して……」
「むっ! 玩具を馬鹿にしたな! 玩具と言ってもレトロな物から高性能な物に……」
茜による、玩具の素晴らしさトークが急に始まった。こうなったら誰も茜を止める者はいない。数十秒で呆れ果てた私は剣山を見た。剣山は両手を軽く上げた姿勢のまま、優しく微笑んでいた。
「何よ? 何が可笑しいのよ?」
「いや、こんなにも魔術師と一般の人間が仲睦ましくいられるのかと思って……」
「はぁ? 自分が動けないからって嫉妬でもしているの?」
「まぁまぁ、雪、剣山さんもお子さんがいて、何か玩具を買ってあげたいのだよ」
「もう~関係のないところから玩具の話を出すな!」
「ふふ……そうだな。娘はいるがもう高校生だから。買っても迷惑するだろう」
「ちょっと! 何勝手に人の話に入ろうとしているのよ! 囚われの身分で!」
「まぁ……このまま何もしないのもなんだし、そろそろ質疑応答といきますか!」
「え?」
茜は剣山の側まで行き、しゃがみ込んで剣山の顔を覗きながら質疑を始めた。
「それで貴方はHMO(人類魔術同盟)のどこにあたる人になるの?」
「私に役職はない。与えられた任務をしているだけだ。今は任務などないが」
「任務がない? それなら何で私たちを襲撃したりなんかしたの?」
「君の力が必要だからだ」
「私の力?」
「ああ。煙草が邪魔でまともに喋れん。煙草をとってくれるか?」
「はいはい。だったら最初から吸うなってーの」
「すまん。端的に話すとだ、我々は十年も前に“EVE”の襲撃によって会長含む多くの魔術師とメンバーを失ってしまった。信じられない話だが、今魔術師として同盟に加盟しているのは私一人だ。日本全国の魔術師を考えても、EVEと戦えるのは私と君、それと星村聖子の3人のみだ……」
「ふうん。それで私に協力して欲しいと?」
「そうだ。それでずっと探し続けていた」
「ねぇEVEって? 星村聖子さんって?」
「ほら、前話したでしょ? HMOが星村派と稲村派に分かれているってさ。星村さんは北海道の超田舎で修道士やっているおばちゃんだよ。稲村派の無茶苦茶なやり方にウンザリして出ていったという……でも、イヴっていうのは誰かね?」
「星村のことを知っていて無知なものだな」
「そりゃ、生まれてこの方ずっとHMOさんとは話したこともありませんから。それで? イヴさんって誰なのよ? 私の質問に答えてくれる?」
「わかりやすく話せば、派閥争いの折、稲村会長の手によって葬られた城鐘という一族がいた。稲村会長によって一族の全員が葬られたはずだったが、その一族の末裔だった“EVE”という少女が命からがら生き残っていた。あまりに幼い年齢であったから、当時我々は意識すらしていなかった」
「ふうん。それで?」
「彼女は魔術を身につけて我々の元に還ってきた。いや、会長と接触するや否や彼女による復讐が始まった。会長がやられてからは遅かった。連盟内の魔術師、主要メンバーが次々と犠牲になり、今や我々の組織は3名となってしまった」
「そんなに!? 連盟って二百人近くのメンバーがいたのじゃ……」
「それだけやられてしまったってことか」
「そうだ」
「自業自得じゃない? そんなの私に……ましてや雪には関係ないじゃない!」
「ああ。そうだな。私たち暗部もいつかやられるのだろうと覚悟はしていたよ。しかし今はそう言っていられないのさ。TVをつけてくれるか?」
「はぁ!? なんで急に命令してくるの!?」
「茜、落ち着いて。こんな簡単なことぐらいしてあげようよ」
「頼む」
私がテレビをつけると、衝撃的な映像がTVに映し出された。昨日の羽田空港の事故に続いて、今度は電車の脱線衝突事故が一日に五件も生じ、数多くの死傷者を出しているというのだ。どのテレビ局も、緊急特番でそんな報道を流していた。
「なんていうこと……」
「これをイヴっていう奴がやったっていうの?」
「ああ。もはや彼女の標的は我々ではない。人間の社会そのものだ」
「そんな。こんな罪もない人たちを……」
「彼女を止めてくれると言うのか? そうなら私はこのままでもいい」
「………………」
「茜?」
茜は立ち上がって考え出した。突飛な出来事の数々に戸惑っているのだろう。無理もない。ここでそう思っている私も全く整理がつかないのだ。長く息苦しい沈黙が続き、暫くして茜が重たい口を開けた。
「わかった。イヴの暴走は止めよう。私にできることなら何でもする。ただし、この件に関してはアンタたちの足手まといになろうが、蒼井雪と私は常に行動を共にする。アンタたちはそれを承諾のうえで、私の仲間である蒼井雪と柏木琉偉に何一つ危害を加えてはいけない。万が一、そんなことがあったら私はイヴよりアンタたちの抹殺を優先する。それでどう?」
「いいだろう。望んでもない。しかし一つ聞いてみたいものだ」
「何?」
「君にとって蒼井さんとはそんなに大切な存在なのか?」
「大親友……いや私の家族よ」
「茜……」
「雪、一つ聞いて貰える?」
「え? うん」
「これから私たちのすることは危険が伴う。それも半端ない。もしかしたら私が死ぬかもしれないし、雪が死ぬかもしれない。でもこれだけは今からの約束だよ」
「うん。何?」
「死ぬときは絶対に一緒だからね♪」
「うん約束する♪」
「君たちは不思議な人間だな……」
私と茜が新しい約束を交わした直後に剣山の携帯電話が鳴った。剣山に電話がかかってきたようだ。私と茜は顔を合わせて少し考えたが、剣山の金縛りを解くことにした。魔術から解かれた剣山はやれやれといった感じで電話をとった。
「もしもし。ああ。すまん。ちょっと野暮用で。ああ。重要参考人が見つかった。ただし変更だ。1名ではなく、2名だ。ああ。今すぐ向かう。宜しく」
「さて、私は解放されたワケだが、お二人とも私を許してくれるのか?」
「ええ。不本意ですけど(笑)」
「わかった。それでは行こう。警視庁へ」
私たちは覆面パトカーでもある剣山の車で警視庁に向かった。