第4幕
約一時間という高ハードルの制限時間の中、私は何とか依頼者の剣山さんを迎え入れる準備を整えた。茜と琉偉君にも電話をかけたのだが、二人とも繋がらなかった。応対中に乱入しなければいいが……と、この時はただ願った。
準備を整えて三分後、約束の時間通りに剣山さんはやってきた。頭髪が薄く中年なのは確かだが、高身長で体格も大きく、どこか渋い感じの顔が第一線の刑事を匂わせる感じだ。片手には大きいトランクを持っていた。
「いや~遅れてすまない。約束どおり謝礼金を持って参りました」
こう言うと剣山さんはトランクを開けて、札束の山を見せてくれた。思わず目を輝かせてしまった私を見て、やや苦笑いをした。このままではまずいと思って、私は素振りを変えることにした。
「あ、あの、お口に合えばいいですけど、どうぞごゆっくりして下さい」
「あ~! すいません。すいません。こんな御馳走までいただいて」
「いいえ。刑事さんもお忙しいでしょうから」
「御馳走になります。いや~忙しい。あの羽田の件で寿命が縮まりそうですよ」
「もう冗談を言って……」
それから私たちはソファーに座って談笑した。この剣山という刑事、今まで電話でしか話したことがなく、ある時は疑ったりしたこともあった。いざ直接会ってみれば、人当たりの良い、笑顔の素敵なおじさんであった。勿論刑事としての別の顔もあるのだろうが……。
「しかし『なんでも探偵社』は凄いですな。よくあんな物的証拠をとられました」
「外国籍の社員が一人いまして、彼がいつもうまく現場に入ってくれるのです」
「お~今私たちの話題になっているコですな。我々にもあのようなコが欲しいよ」
「あげませんよ(笑)私たちは彼の戦力でやってきましたから」
「いやいや、蒼井さんも優秀なお方で。え~と、そうすると御二人で探偵社を?」
「ええ。そうですよ」
「本当かなぁ~。二人だけでこれほど名の知れた探偵社を運営できますかね?」
「できますよ。現にやっているじゃないですか」
「失礼。いやね、この度のテロに関してもご協力いただきたいと思うのですよ」
「私たちに?」
私は喜びのあまり飛び上がりそうになった。しかし、次の一言で状況は変わった。
「いいえ。赤神茜さんに」
剣山氏がそう言った瞬間、彼の影が不自然に大きく伸びて、私の目前で実体化した。実体化した影は私の体を縛り上げ、私は息苦しくなった。それとほぼ同時に私は思い出した。笠山火山が噴火した時、茜の家の前にいたスーツ姿の男を。誰でもない。この剣山という男であった。剣山は煙草を吸い始め、さっきまでと打って変わった態度で私に語りかけてきた。
「よくもまぁこんな小娘が東京にノコノコとやってきて大嘘をついてきたものだ。調べはついている。貴様らの実績は全て赤神によるものだと。餅は餅屋。魔術は魔術によって暴かれるのだよ。小娘ちゃん」
剣山は吹かした煙草を私の太ももに擦りつけてきた。私は悲鳴をあげた。
「わかるか? 探偵ごっこをしているお嬢さんよ。貴様の仕事の実績の大半が貴様の使えない魔術によるものであり、それを隠していい気になっている愚かさが。わかるまい。我々がどれだけの苦労をかけて彼女を探してきたのか……まぁ、今更いなくなる人間に話しても仕方のないことだが」
「……アンタ警察でしょ? 私みたいな一般市民にこんな事をしていいというの?」
「ああ。列記とした警察だ。そして貴様は魔術を利用して名声を得た詐欺師だ!」
「私を殺すって言うの?」
「そうだな。赤神に関する情報を提供し、こちらの人質となってくれるのなら、少しは生き延びられるだろうな」
「ふふっ。馬鹿みたい。何も知らない人間を。罰でもあたればいいのよ! ばーか!」
「なんだと貴様!」
私を縛りつけている黒い物体が、一瞬にして首回りを締め始めた。
意識が一瞬にして遠のく。それでも私は茜との約束を守ろうとした。
私が死を覚悟した刹那、私を縛っていた黒い物体が一気に解けた。そのまま私はソファーに落ちた。それから私の目に映ったのは、剣山の背後から愛用する魔術道具を彼の頭上にかざす茜の姿だった。剣山は観念したのか、両手を軽く上げていた。