第3幕
HMO(人類魔術連合)は、魔術を使える人間もしくはその可能性が強い人間などを世界的に管理する団体であり、世界各国各地域にその支部が存在するものだ。もっとも、組織にいるメンバー全員が魔術師なのではなく、普通の人間もいる。支部によって考え方が違うようなのだが、日本の組織は2つに分裂して、近年はずっと対立し続けているようだ。魔術師となるには、魔術を使える体と知識が必要であり、自らを魔術師と自覚していない潜在的魔術師が世に存在しているらしい。まぁ、そのような潜在的能力を考慮しても、一千万分の一の割合なのだから希少な存在に他ならないが……。
私がTVを観ながらあれこれ考えていると電話が鳴った。今回の件の依頼人で、警視庁特務科の剣山さんからの電話だ。
「もしもし」
『もしもし剣山です。TV観られました? 凄いことになりましたね……』
「ええ。お陰様で私たちの功績が明日の記事の片隅に載っちゃいそうです」
『心中お察し申し上げます。それで謝礼の方を早急にお渡ししたいと思いまして』
「え? ああ! そうでしたね! でも、お渡しって……直接手渡しになるのですか?」
『額が額です。それに記録に残るようなところに振り込んだらいけないでしょ?』
「まぁ、そうですけど。いつにしましょうか?」
『明日の十三時頃、そちらの探偵所でいかがでしょう?』
「あ、明日!? そんなに早く……?」
『羽田の件でね、私たちも謝礼を払うどころじゃなくなるのですよ』
「困ったなぁ。でも剣山さんが言われるのなら仕方ない。承知致しました」
『すいません。恩に着ます。では明日十三時に』
電話の後、私は溜息をついて天井を見上げた。
剣山氏とは電話のみで会話をしてきた。実際に面と向き合うのはこれが初めてである。それもこんな急に……。謝礼金をいただけることは正直に嬉しいが、急すぎて何だか素直になれなかった。相手は特務科の刑事である。何も厄介なことが起きなければいいが……。私はシャワーを浴びて再び休むことにした。あれから随分と休んだはずなのだが、どうも疲れがとれないようだ。
その晩も私は妙な夢を見た。
「ねぇ、貴女は魔女でなくて幸せだった? 貴女は家族を知らなくて幸せだった? 私は魔女で不幸だった。私は家族を失って不幸だった。人間ですらなくなった。世界は魔術によって滅びる。これが私たちの迎える未来。そしてその時に貴女はその目で何を見るの? 私に教えて欲しい」
「ねぇ、私に会いに来て。私はここで待ってる」
どこだろう。雑居ビルが幾多も立ち並ぶ街。その街のとあるビルの屋上。青空の下、ウェーブのかかったショートヘアの女子が杖を持ちながら両手を広げて、こちらに微笑んでいるようだ。私に少し似ている。彼女は、黒のワンピースを着ていた。よく見ると、彼女が杖を持つ右手には無数の英小文字が彫ってある。何とも禍々しいが、腕全体にそのタトゥーは続いているようだ。
「あなたは?」と私が呼びかけたところで夢から覚めた。枕元の時計を見ると、もう正午になるようだ。「やっべ!」と急いで剣山さんを迎え入れる準備を始めた。寝坊なんて私の性に合わないが、ここのところの私はどうも変だ。